【プロレスコラム】プロレス想い出回想録・さよならの友よ②1999年の熱気!奇跡の忘年会

[プロレスコラム]プロレス想い出回想録

プロレス想い出回想録・さよならの友よ②1999年の熱気!奇跡の忘年会

1999年の転機

メディコさんと初めて出会った1999年は、私にとってもエポックメイキングな1年だったことは間違いない。

この時分、既に私は酒を飲まなくなっており、しかも自分から外食もほとんどしないものだから、どこにプロレスと縁のあるお店が存在するのか、全く知らないでいた。

ついでに言うと、前職を辞めてアルバイトで食いつないいでいた時期でもあり、せいぜい博多までで、東京や大阪に出ていけるお金はなかった。

そんな私にとってメディコさんという人はまさに師匠的な存在だった。

聖地「八圭」

かつて下関には「八圭」というお店があって、鉄鍋餃子を売りにしていた名店として知られていた。

メディコさんから聞いた話だとそこの奥さんと、かつて新日本プロレスに在籍していた偉い方が同級生で、選手が試合後に訪れるという。

90年代末、八圭は本店と新下関店が存在しており、ある意味プロレスファンの溜まり場にもなっていたのだ。

プロレス繋がりで県外にはたくさんのプロレス仲間が増えてはいたが、県内や下関市内には全く繋がりがなかった私にとっては、本当にありがたい情報だったのだ。

貴重な記念写真

現代では信じられないかもしれないが、昔は選手の出待ちとかありえないことが普通に行われていた。

八圭ではまず店内で先に選手が食事を済ませて、終わったら出待ちのファンが呼ばれて記念撮影するというシステムだった。

今考えると、選手とファンが一緒に食べられるイベントみたいにすればよかったんじゃないかとは思ったが、当時はそんな発想がなかったのだろう。

その写真の一枚が、1999年10月26日に撮影したこの貴重な一枚になる。

髪の毛がある時代の武藤敬司に、当時行動を共にしていたテンコジの二人がいる。

ちなみに混雑するという理由で、サインはNGで、シャッターを押したのは当時本部長をされていた方だった。

八圭ではほかにも安田忠夫選手とも撮影していただいた覚えがある。

対照的な二人

こういう形式での半公式的な出待ちもあれば、会場に隣接された駐車場や、ホテルなどでの出待ちもご一緒させていただいた。

メディコさんは割と肝が据わっているというか、どんどん食い込んでいき、サインや写真を断られても全く気にされないタイプの人だった。

逆に私は声をかけにくいというか、人の背中に隠れてついでにこっそりチャンスのお裾分けをいただく性格なため、メディコさんに比べるとサインなどをいただける確率は低かった。

メディコさんの行動力と好奇心の高さは、10歳下の私以上に抜きん出ていて、それは多分亡くなる前まで変わらなかった気がする。

ちなみに八圭は現在はなく、名物の鉄鍋餃子を継承したお店が存在している。

ラジオへの投稿

さて、1998年10月に山口県では二番目となるコミュニティFM「COME ON! FM(カモンFM)」が誕生していた。

そしてここでプロレス専門の番組「フィニッシュホールド」という番組が放送されていた。

構成は3コーナーに分かれており、プロレスリング華☆激、大阪プロレス、闘龍門ジャパンがそれぞれ枠を持っていた。

インドア派の私は当然これに食いついており、いつの間にか番組に投稿するようになっていた。

そうこうしているうちに番組側にも名前を覚えてもらえるようになっていたある週のこと。

忘年会の高鳴り

ちょうどメディコさんを中心に西日本でプロレスの忘年会をしないか?という話が出ていた。

それまでの流れでは大体東京近郊で忘年会が開催されることが多く、会員の少なかった西日本で行うことは難しかったのだ。

そんな嬉しさも手伝って「仲間内で忘年会をやる」という内容で番組に投稿したところ、コーナーレギュラーのアステカ選手が興味を示し、「俺も行きたいなあ」と言い出したのだ。

普通、こういう話はリップサービスで終わってしまうところだけど、話はそれだけでは終わらなかったのだ。

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プロレス想い出回想録
プロレス“ザ・モンスター”ハラダが自らの体験を赤裸々に綴った回想録記事です。長い期間プロレスを見てきた彼が抱えてきた出会いと別れ、予想外の悲しみ、そして「楽になりたい」という想いとは?彼が「書く」ことで得た救いとは何だったのか?感動必至の一読です。
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