プロレス想い出回想録・さよならの友よ⑥鉄人の記憶
超人への憧れと葛藤
メディコさんという人には鉄人的イメージがあって、かつてプロレス用のマスクをかぶってフルマラソンを完走したり、亡くなる直前まで現役として仕事を続けて来られたり、海外で出版された原語版のプロレス本をすらすら読み上げたり…
細かいエピソードを挙げていくとキリがない。とにかく私のできない事はなんでもやってしまう人だった。
あまりにスーパーマンすぎて、下手に比較してしまうと、自分が出来損ないに思えて仕方なくなってしまう事もたびたびあった。
だからなるべくメディコさんと自分は違う人間だから比較しない、という心づもりは持っていた。

異なる二人の行動様式
メディコさんは基本的に幹事体質の方で、お店から何から自分で決めて、もてなしたい、という人だった。
それだけに一つところに落ち着いて、ずっと居座るというのはあまりお好きではなかった気がする。
私の場合は「ここぞ」と決めたお店にしか通わなくなる。よい例がプロレス居酒屋がむしゃらで、はじめて来た時から現在に至るまで、一滴も酒を飲まないでいるのに、ずっと通い続けている。
だから、メディコさんはがむしゃらプロレスほどプロレス居酒屋の方には顔を出していない。
プレッシャーの絆
そんな中で頭をよぎったのは、プレッシャーの元会員とメディコさんを再会する機会を作った事だっただろうか。
週刊プロレスに連載を持っていたプレッシャーは、その打ち切りとともに有名無実化し、プロレスからも足が遠のいた会員もたくさんいた。
結局、関係者や選手・スタッフにもならず、いまだにプロレスファンとして生き残っているのは、私かメディコさんしかいなくなっていた。
がむしゃらでの新年会
そんな中で一足お先に私が元会員の1人と再会した事で、メディコさんとも再会できないか?と考えて、新年会という名目で2人を居酒屋がむしゃらにお誘いした。
結果的には、元会員の彼と、メディコさんのご縁はお別れ会まで続いたようで、私個人は、自己満足かもしれないけど、やって良かったな、と今でも思っている。

忘れ得ぬ後悔と感謝
そういえば、がむしゃらで行われたイベント帰りにメディコさんを最寄駅まで車で送っていたら、途中で一時停止標識を無視してしまい、私が切符を切られてしまった。
結局、メディコさんは最終の電車に間に合わせるため、そこからタクシーに乗る羽目になってしまい、申し訳ない事をしてしまった。
後悔があるとしたら、この時が一番かもしれない。
しかしながら、可能な限り私がお誘いしたがむしゃらのイベントには遠くから来てくださって、本当に感謝しかない。
できることなら、今後もずっとお付き合いできたらよかったのだが、それは叶わぬ願いとなってしまった。

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