プロレス的音楽徒然草 I Love It Loud(勇士の叫び)
殺人医師のテーマ
今回は、日本で「ドクター・デス(Dr. Death)」を意訳した「殺人医師」の異名で知られた、スティーブ・ウィリアムス選手が全日本プロレス時代に使用していた入場テーマ曲「I Love It Loud(勇士の叫び)」をご紹介します。
殺人医師の日本上陸
ウィリアムス選手がプロレスのリングに足を踏み入れたのは1982年のこと。当初はUSFLのオフシーズンのみ参戦していましたが、1983年から本格的にプロレスラーとしてのキャリアをスタートさせました。1986年7月、シリーズ『バーニング・スピリット・イン・サマー』への参戦で新日本プロレスに初来日を果たします。その後、1990年2月21日に全日本プロレスへ初参戦。以降は全日本を日本での主戦場に定め、最強外国人の一人として、四天王をはじめとする日本陣営と数々の凄絶な「闘い」を展開しました。
選曲に秘められた縁
アメリカUWF所属時代や新日本参戦初期はブルース・スプリングスティーンの『ボーン・イン・ザ・U.S.A.』を使用していましたが、全日本時代のシングル入場の際は、同曲の冒頭に同じKISSの楽曲「LOVE’S A DEADLY WEAPON」を繋いだ二曲合体バージョンを使用していました。この劇的なイントロから地を這うような重低音が響く構成は、ファンに強烈なインパクトを与えました。なお、この導入曲はKISSのアルバム『Asylum(邦題:アサイラム)』に収録されている名曲です。
控え室で決まった名曲
全日本での運命的な選曲は、ウィリアムス選手とテリー・ゴディ選手、そして入場曲の造詣が深い木原文人リングアナが控え室で相談して決まりました。その際、偶然居合わせたダスティ・ローデス・ジュニア選手がヘッドホンで聴いていた『勇士の叫び』を推薦したことがきっかけと言われています。
時代背景から、1988年発売のベスト盤『Smashes, Thrashes & Hits』を聴いていたのでしょう。そのため、初期に使用されたのはリミックス版だったと推察されます。
いずれにせよのちに「殺人魚雷コンビ」として一世を風靡する二人の進撃を象徴する、まさに運命の導きによる出会いでした。
伝説の同じ曲での対戦
「チャンピオン・カーニバル」での対ゴディ戦では、ウィリアムス選手とゴディ選手の両者が全く同じテーマ曲で入場するという異例の事態も起きました。殺人魚雷コンビ結成当初は、曲が鳴り響くと同時に二人が全速力でリングに駆け込み、交互に高速ロープワークを披露するのがお決まりのムーブ。会場のボルテージは一気に最高潮に達しました。KISSの楽曲がプロレス界で熱狂的に受け入れられた、象徴的な光景といえるでしょう。
世界を熱狂させたKISS
「I Love It Loud(勇士の叫び)」は、米ロックバンドKISSが1982年に発表したアルバム『Creatures of the Night(邦題:暗黒の神話)』に収録された一曲です。KISSはアメリカン・ハードロックの草創期から君臨する世界的グループであり、フェイスペイントや過激な演出、そして徹底したギミック構築により、プロレス界のキャラクター戦略にも多大な影響を与えました。彼らのファンは「キッスアーミー(KISSARMY)」と呼ばれ、その結束力は絶大です。
最強を証明する咆哮
彼らのライブは、「You Wanted the Best!? You Got the Best! The Hottest Band in the World, KISS!!(最高を求めていただろう!? お前は手に入れた!世界一熱いバンド、キッス!!)」であり、1975年のライヴから現在にかけて、オープニングアナウンスとして使用されています。 この曲の邦題「叫び」は、原題の「Loud(大声)」に由来し、過去のヒット曲『狂気の叫び』の流れを汲んでいます。エリック・カーさんの力強いドラミングが光るこの曲は、ウィリアムス選手がバックドロップの連発で「闘い」を支配する姿に重なり、観客の魂を激しく揺さぶり続けました。
魚雷コンビ、永遠の絆
最強を誇った殺人魚雷コンビでしたが、1993年夏よりゴディ選手が心疾患のため長期欠場を余儀なくされます。1994年7月に再合体を実現させたものの、全盛期の圧倒的な勢いを取り戻すには至らず、この来日を最後にコンビは自然解散となりました。1996年にECWで一度限りの再結成を果たしましたが、2001年にゴディ選手が、2009年にウィリアムス選手がこの世を去りました。しかし、重厚な「勇士の叫び」の旋律とともに、二人が繰り広げた「闘い」の記憶は今も色褪せることはありません。

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