[プロレス旅日記] 福岡見聞録2010 後編山口放浪記

せかぷろ

[プロレス旅日記] 福岡見聞録2010 後編北九州から山口へ

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人道口入り口

前日の別れ際にブルースブロディさんが「関門トンネルの人道を通りたい」という希望で、急遽待ち合わせ場所を人道口入り口のみもすそ川に変更。

ちょっとゆっくりしたいので午前11時という約束で別れていた。

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なかなか寝付けず

しかし興奮しすぎてなかなか寝付けず、脳が眠らないまま結局2時間くらいしか睡眠がとれなかった。

でも、人を乗せてこの間のような事故を起こしてのではしゃれにならない。なので6時前に起きてメシ食った後はひたすら横になっていたが、結局横になっていただけ。

だいぶん疲れはとれた

それでもだいぶん疲れはとれたので10時半に自宅を出発。10分前くらいについたのはいいが、またしても今度は小学生の団体と鉢合わせ。

この時期遠足&修学旅行が本当に多い....そして団体旅行も意外と多いのだ。

昭和レトロ記念館

とりあえず整備されたみもすそ川周辺で英国に戦争売った当時のままの「実物」長州砲を見学した後、長府へ。

ここに来た目的は観光....ではもちろんなくて、今寂れる一方の長府商店街が苦肉の策ではじめた昭和レトロ記念館というのがあるのと、初代タイガーマスクの母校を訪ねるという企画だった。

相撲資料館

ここで予想外に盛り上がったのが、忌宮神社にある、相撲資料館。山口出身の名大関、魁傑こと現.放駒親方が以前この境内で奉納相撲をしていた縁で作られたモノ。

中では現役時代の親方が優勝した試合をビデオで流していたのだが、これがまあおもしろいのだ。

改めて驚いた

当時だって巨漢力士として高見山がいたし、北の湖だって貴乃花だって弱かったワケじゃない。それで優勝してるのだ。

子供の頃にうっすら記憶があるのだけど、前頭で優勝とかって、って改めて驚いた。

九電記念体育館

なにより最初に映されたのが福岡国際センターではなく、九電記念体育館というのがたまらない!!しかも相撲内容が半端無くすばらしい。

プロレスファン的には第一回G1クライマックスを彷彿とさせる座布団が舞っていたのは感激。歓喜する女性ファンの姿もうつっていたし、枡席で喫煙する男性もいた。時代だなあ・・・

世の中変わるものだ

昔は分煙とかそういう発想自体がなく、喫煙はむしろ大人のたしなみとして強制されたものだった。

特に私の住んでいた地域(松田優作さんの生涯が語られると決まってスラム扱いされる)飲酒.喫煙は中学から黙認という世界だったので変われば世の中変わるものだなあと。

足湯まで

そして佐山さんの母校を訪ねた後レトロ街へ。

久しぶりに行ったらなんと足湯までできていた!温泉なんか出る場所じゃないのに....

山陽小野田市へ

そんなこんなでここら辺で「食える」ラーメン屋がないので、一気に下関をすっ飛ばして、ゼロワン.藤田ミノルの出身地山陽小野田市へ。

通りがけには私がよく行く温泉「みちしお」や、大日本が最後に山口大会を行って近所で大会前に伊東竜二夫妻が買い物していたスーパー(現在は入居店舗も変わっている)もあったりする。

スープ付きで

小野田には「一久」という地元ではちょっとしたラーメン屋があるのだ。

スーパーなんかでは大概家庭で作る事の出来る袋づめ生ラーメンがスープ付きで売られている。

小野田市の体育館

まあ長浜に比べると、量も少ないけど、夕方までに下関に戻るという予定だったのと、この後川棚で、これまた名物の瓦そばを食べるという事になっていたのでちょうどよかった。

まだ時間もあるので、小野田市の体育館(藤田も大日時代凱旋しているし、なにより全女が会場費踏み倒して訴えれた事があったけど、実は訴えたのがここ。)に行ったり、変な看板を撮った後、新幹線駅のある厚狭の寝太郎町を経由して下関の吉田へ。

東行庵へ

ここには東行庵という、高杉晋作(号が東行)の墓があるのだ。ただし、下関市と高杉家がもめて遺品はほとんど萩にうつってしまったのが、墓は故人の遺言があるため、そのままになっている。

ここでは2月には梅、春には桜、5月にはツツジ、そして6月は最大の名物である菖蒲祭りが開催されていて、それ目当ての老人観光客で、駐車場は大混雑。

菖蒲は花盛り

しかし、いいときに来たモノで菖蒲は花盛り。ご老人達も喜んで写真を撮っていたが、私らも嬉々として撮影していた。

今はいい道が出来ているので菊川から川棚まで直行するはずが、道路が変わりすぎていて、一部迷ったあげく、それでも余裕で、元祖瓦そばの「たかせ」についたはいいがなんと閉まっていたっ!!

瓦そばを

新館の方に行ってもやっていなくて、別館のみ営業中との事で引き返して、別館にはいると奥座敷に通されて瓦そばをいただく事に。

元祖は確かにこの店なのだが、ぶっちゃけていうと一人前1050円であの量では高い。観光客相手にふっかけているなあ、という感じは否めない。

とはいえ、やはりふっかけるだけあってうまい事はうまいのだ。

あれだけが

食事を済ませて、川棚から旧下関市側へ山陰道をひた走る事に。

川棚で一つ気になったまま通り過ぎてしまったのだが「瓦シュー」というものがあって、結局見られずじまいになってしまった。あれだけがなんかひっかかるんだなあ。

ラジオの話

ドライブ中はプロレスの前にラジオ好きという共通項があったのでいろんなラジオ話にも花が咲いた。

だいたいブルースブロディさんとの「出会い」というのは旧.汐留駅跡の汐留ピットで二回目が日本武道館のスクリーンで、実際に対面する前にあっているのだ。

巌流島が

せっかくなので新下関経由で、行こうと途中で道を変えて、新球場を見学した後、新下関経由で下関の宿までブルースブロディさんを送り届けた。

まあ知らないうちに知らない宿が建っているモノで私も来たのははじめてというホテル。しかし風景はいいだろうと思っていたら、やはり巌流島が一望できたらしい。

油断大敵

ここまで人様を乗せていた緊張感で何事もなく安全運転してきたのであるが、あろうことか気がゆるんで、ハンドルを切り損ねて、分離帯に設置してあるポールに激突しかかった。

幸いすんでの所で回避できたがまさか自分が「二度目」をやらかすとは....油断大敵とはまさにこのことだった。

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プロフィ―ル~MY STORY~がん・緑内障・うつ・介護の4重苦にも負けないプロレスブロガーの壮絶な人生
プロレスオタクで心理カウンセラーの資格を持ち、両親の介護をしながらガンサバイバーとして生きる著者が、自分の人生や仕事について赤裸々に語ります。プロレスやオタク文化に関する豊富な知識や経験、心理カウンセラーとしてのスキルや活動、介護やガンサバイバーシップに関する悩みや工夫など、興味深く感動的な内容が満載です。あなたも著者のストーリーに共感しませんか?







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