プロレス的発想の転換のすすめ(120)孤独とプロレスの闘い
終わらぬ人生の闘い
今回は孤独とプロレスのお話です。
2026年冬現在、両親が散らかし放題にしていた実家の片付けと、タスクは減るどころか増えています。
独り身に広い実家
忙しくしている時はいいのですが、用事が終わって実家に戻る時がなんとも憂鬱になるのです。
もともと家族5人が暮らす想定で作られた実家は、独り身には広すぎます。
痛感する独身の壁
狭い部屋を借りて住んでいた時は快適な一人暮らしでしたが、ここへきて独身のデメリットを痛感させられる羽目になろうとは、思ってもみませんでした。
振り返ってみるに、これまでの人生は多趣味なこともあり、また自分から積極的に外に出ていくアクティブさもあって、特別困ってこなかったのです。
希薄だった危機意識
人に会いたければ外出するし、出られなければSNSも代替手段になり得ます。
何かしら繋がっていられる安心感から、いつしか自分でも危機意識が希薄になっていたようです。
孤独と向き合う覚悟
しかし、自分ががんになり、介護も相まって外での交流がやりにくい状況になってくると、否が応でも孤独と向き合うことになってしまいました。
実際、仮に世帯を持っていようが、家族がいようが、離別は誰にでも起こりうるのです。
増え続ける独居高齢者
ちなみに2019年に内閣府が発表した調査によると、65歳以上の一人暮らしは男女ともに増加傾向にあり、昭和55年には男性約19万人、女性約69万人となっています。
また、65歳以上人口に占める割合は男性4.3%、女性11.2%でしたが、平成27年には男性約192万人、女性約400万人、65歳以上人口に占める割合は男性13.3%、女性21.1%となっています。
未来を自分ごとに
国の推計では2035年には独居の高齢者は今の1.3倍程度の842万人になると予想されています。
ところが、だいたいの場合これを「自分ごと」として捉える機会はまずないのではないか、と思います。
衰えを緩やかにする
実際、私も体験するまで全く気がつきませんでした。
自分の親を介護する上で、一番堪えたのは、両親の認知機能が衰えていく様が、そのまま自分の未来になりうることです。
反面教師に
しかし、亡き両親の生活習慣を反面教師にして、自分の衰えを緩やかにしていくことは可能です。
既に実践しているヨガや、なるべく孤立しない繋がりの確保など、できることはしていますが、がんのように想定外な出来事も起きてしまいます。
聖地での孤独な観戦
ですから、必要以上に未来を怖がらなくても良いのですが、できる範囲で準備を怠らないことも大切になってくるわけです。
私は、プロレス会場には通常一人で行きますが、このスタイルには当たり前のように長年馴染んできました。
現実と向き合う場所
行く先で親しい人に会えば話はしますし、そうでなければプロレスを楽しむだけです。
ただ、あまりに居心地が良すぎるが故に、喉元に突きつけられている現実を見ないふりして、考えないようにしてしまっているのです。
知見をシェアする闘い
とはいえ、これは場のせいではなく、考えようとしていない自分の責任です。
そうは言いつつも、このタイミングで気づけたという点が重要なわけで、気づけなかったからと言って、自分を責める必要もないはずです。
逃れられぬ孤独の影
衰えや孤独は、誰しもに等しくやってくる問題です。
これはプロレス界が誇る伝説的なレスラーたちであっても例外ではありません。
かつて大観衆を熱狂させたスター選手が、引退後に誰にも看取られずひっそりと息を引き取っていたことが後から発覚する「孤独死」のニュースは、ファンの心を激しく揺さぶります。
孤独という名の敵
また、リング上では無敵を誇った選手が、怪我や加齢による肉体の衰えを隠せず、若手に無惨に敗れていく姿は、残酷なまでに人間の限界を突きつけます。
例えば、かつて一時代を築いた伝説のレスラーたちが、晩年に金銭トラブルや体調不良に苦しみ、かつての仲間とも疎遠になっていく様は、プロレス界における「孤独という名の最大の敵」との闘いを象徴しています。
避けられない敗北
私たちは、リング上の華やかな闘いの裏側にあるこうした影の部分から目を背けてはいけません。
肉体の衰えや社会的孤立という「避けられない敗北」に対し、どう尊厳を持って立ち向かうのか。
知見や体験をシェアすることは、私たちが人生というリングで最後まで自分らしく立ち続けるための、最も有効な防衛策になるのではないでしょうか。
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