私的プロレススーパースター烈伝(1) タイガー・ジェット・シン
鮮烈だった新日時代
今回は「インドの狂虎」タイガー・ジェット・シン選手です。シン選手は後年、全日本プロレスをはじめ様々な団体を渡り歩いていますが、やはり鮮烈だったのは新日本プロレス時代ということになるでしょう。 1973年、新日本プロレスの招きでシン選手は初来日しました。しかし、当時の渉外担当者の手続きに手違いがあり、予定より2カ月も早く来日してしまったのです。
客席からの乱入劇
そこで5月4日、会場の川崎市体育館の客席にシン選手を招きます。これは「せっかく来日したのだから日本のプロレスをナマで見てもらおう」という新日本側の配慮でした。ところが、山本小鉄選手対スティーブ・リッカード選手の試合中、突如としてタイガー・ジェット・シン選手が乱入。山本小鉄さんをメッタ打ちにしたのです。
新宿伊勢丹の惨劇
また、1973年11月5日。2度目の来日中に、当時の猪木夫人であった倍賞美津子さんと買い物中だったアントニオ猪木さんを、新宿伊勢丹前で襲撃します。猪木さんをガードレールやタクシーのボンネットに叩きつけ、負傷・流血させてしまいました。これがいわゆる「新宿伊勢丹前襲撃事件」です。夕刻の賑わう街中での出来事に、一般人から警察へ通報される事態となりました。
警察へ出した始末書
これに対し新日本プロレスは、「シン選手は契約選手なので傷害罪で告発はできないが、騒ぎを起こしたことは申し訳ない。お詫びならいくらでもする」と始末書を提出。事件は新日本プロレスに対する厳重注意という形で収束しました。この一件は一般紙でも大きく報道され、「シン選手は本当に狂っているのではないか」という戦慄を世間に植え付けたのです。
遺恨が生んだ闘い
以後、猪木さんは「リング上で制裁を加える」と公言。猪木選手対シン選手の試合は、単なる試合を超えた「因縁の闘い」として世間の注目を一心に集めることとなりました。私にとってタイガー・ジェット・シン選手は、最初に憧れたプロレスラーです。当時、非力でいじめに遭っていた私は、猪木さんを襲ったシン選手の行動に、言葉にできない感銘を受けました。
逆襲で掴んだ平穏
事件を知って以降、私はやられる前にいじめっ子を襲撃するようになりました。もちろん、噛みつきや金的など、あらゆる手段での報復です。その結果、「何をするかわからない奴」という印象を植え付けることに成功し、いじめは激減しました。この成功体験があるからこそ、私は今もヒールレスラーに強く惹かれるのです。幼少期の私にとって、彼は間違いなくヒーローでした。
今も訪れる心の聖地
現在でも東京へ行く機会があると、私は必ず新宿伊勢丹前へ足を運びます。なぜなら、そこは私にとって紛れもない「聖地」だからです。
「過激なパフォーマンスが現実を変える」という事例を、かつて大阪のリングで怒りを爆発させた猪木さんが、シン選手の腕をへし折ったように、私もまた、自らの振る舞いによって日常という名のリングで起きた「負の連鎖」を断ち切ったのでした。
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