プロレス的発想の転換のすすめ(124)見立てで深まるプロレスの闘い
見立ての本質
今回は「見立て」とプロレスのお話です。
見立てとは、得られた情報から対象を理解し、問題の背景を探り、今後の方針を立てる作業を指します。
心理学やビジネスの現場で使われる言葉ですが、これはプロレスを深く味わう上でも非常に重要な概念です。
2. 検証と反省の重要性
見立てを立て、それを検証し、反省することは、あらゆる場面で必要とされるプロセスです。
では、これをプロレスの「闘い」に置き換えるとどうなるでしょうか。
3. 大河ドラマを楽しむ
私は選手としての経験はありませんが、一人のファンとして、プロレスを楽しむための「見立て」を提案します。プロレスは連綿と続く大河ドラマのようなものです。過去に撒かれた伏線が、長い年月を経て回収される瞬間こそが醍醐味と言えます。
辻陽太選手の事例
例えば、2023年6月4日の新日本プロレス・ドミニオン大会。凱旋帰国直後にIWGP世界ヘビー級王座へ挑戦した辻陽太選手は、ヤングライオン時代に内藤哲也選手と壮行試合でシングルマッチを行っていました。
その時の因縁が、帰国後の「ロス・インゴベルナブレス・デ・ハポン加入」という形で鮮やかに回収されたのです。
多角的な視点を持つ
もっとも、この事例も「一旦は回収された」と捉える向きもあります。内藤選手はヤングライオン時代の辻選手を高く評価しつつも、厳しい言葉を投げかけていました。
また、辻選手が英国修行時代に、ユナイテッド・エンパイアのギデオン・グレイ選手と同じユニットにいた経緯を知るファンも多く、単なる「6人目の男」以上の展開を期待する声もあります。
継続的な検証の旅
実際、辻選手が今後どのような道を歩むのかは、これからの「闘い」を追い続けることで検証していく必要があります。
もし、自分が最初に立てた見立てが外れていたとしても、ファンとしてそれを「反省」し、次の見立てに生かせばいいのです。
磨かれる予測能力
これは「こう見るべきだ」という強制ではなく、プロレスを楽しむための数ある方法の一つです。
プロレス観戦に「反省」という言葉は少し大げさかもしれませんが、見立てを繰り返すことで、物語を読み解く能力は確実に磨かれていきます。
常識の壁を超える
とはいえ、ファンの見立て通りに100%進む「闘い」ほど退屈なものはありません。
アントニオ猪木さんは「常識から1ミリでもいいから一歩踏み出せ」という言葉を残しました。
プロレスにおいて、私たちの常識が覆されたとき、そこには巨大なカタルシスが生まれます。
自身の見立てを疑う
長年のファンになればなるほど、展開を冷めた目で予想し、当たったときに「予想通りだ」とがっかりしがちです。
しかし、真のカタルシスを味わうためには、まず自分の見立てを疑い、あえて「裏切られる余地」を持つことが大切なのかもしれません。
プロレス流のPDCA
見立て、検証、反省というサイクルはビジネスの基本ですが、プロレスの「闘い」にも完全に応用できます。これはファンだけでなく、選手側にとっても同じです。
自分の表現が観客にどう届いたか、なぜ見抜かれたのかを検証し、反省することで、次はより予測不能で面白い試合を提供できるからです。
見立てを磨くということは、人間の心の機微に触れる作業でもあります。
かつて、あるレスラーが「裏切り」を実行した際、ファンの殺気立った感情が暴動寸前にまで膨れ上がった事件がありました。
それは、ファンの「こうあるべきだ」という強固な見立てを、選手が命懸けで踏み越えたからこそ起きた現象です。
見立てを磨く
人間の心理は常に揺れ動いています。「愛憎」や「嫉妬」といった生々しい感情がリング上で交錯する時、私たちの見立ては脆くも崩れ去り、同時に未知の興奮に包まれます。
見立てを立てて観戦することは、決して悪いことではありません。
むしろ、自分なりの見立てを全力で構築し、それがリング上の現実に打ち砕かれる瞬間を待つ。
その心のやり取りこそが、プロレスという「闘い」をより深く、より愛おしいものに変えてくれるのです。
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