【プロレス入場テーマ曲】 プロレス的音楽徒然草 PARANOID

[プロレス入場テーマ曲]プロレス的音楽徒然草

プロレス的音楽徒然草 PARANOID

サバスの代表曲

今回はホーク&パワーによるヘルレイザーズの初代テーマ曲、ブラック・サバスの名曲「PARANOID(パラノイド)」をご紹介します。

この曲はブラック・サバスのベスト盤にも必ずと言っていいほど収録されている、彼らの代名詞とも呼べる一曲です。

アルバムの秘話

「PARANOID」は、ブラック・サバスが1970年に発表した2枚目のアルバムの表題曲です。同作には「アイアン・マン」や「ウォー・ピッグズ」など、彼らのキャリアにおいて最も有名な楽曲が並んでいます。

このアルバムのタイトルは、当初「ウォー・ピッグズ」と名付けられていました。しかし、当時のベトナム戦争への配慮から、レコード会社の意向で「パラノイド」へ変更されたといわれています。

象徴的なジャケ

もっとも、バンド側による「ウォー・ピッグズ」への視覚的解釈は、アルバムジャケットに強く投影されているようです。

現在の視点で見れば、タイトルと「剣を持って木陰から飛び出してくる男」の写真は見事に調和しており、歴史的なマスターピースとして広く認められています。

語り継がれる曲

「PARANOID」は、ブラック・サバスへのトリビュートアルバム『ネイティヴィティ・イン・ブラック』においてメガデスがカバーしており、ライブでも頻繁に演奏されています。また、アメリカのパンクバンド、ディッキーズによるカバーも有名です。

チーム結成の裏

さて、ここからは「PARANOID」がテーマ曲として採用された背景をお話ししましょう。。

ホーク&アニマルの「ザ・ロード・ウォリアーズ」が新日本プロレスに新たな闘いの場を求めた際、ある悲劇が起こりました。メンバーのアニマル・ウォリアーが、長期戦線離脱を余儀なくされたのです

健介とホーク

そこで1992年、アメリカ遠征中だった佐々木健介が、ロード・ウォリアーズのホークから呼びかけられ、タッグチームを結成することになりました。

このホークとパワー(健介)のタッグはファン公募により「ヘルレイザーズ」と命名され、1990年代の新日本プロレスを代表する名チームとなりました。

マサ斉藤の功績

ヘルレイザーズは1992年11月9日、ミネアポリスでデビューしました。このチーム結成を陰で後押ししたのは、マサ斉藤さんだったのではないかと私は考えています。

実際、ミネアポリスの大会にはテレビ朝日のカメラマンと共にマサさんが乗り込んでおり、ホークへのインタビューを敢行しています。その中でホークは、健介を「マイ・パートナー」として紹介していました。

両国での初上陸

日本初上陸は、1992年11月23日の新日本プロレス両国国技館大会でした(対戦相手は長州力&馳浩)。

この時に入場テーマ曲として使用されたのが、まさに「PARANOID」だったのです。

偏執症の意味

ちなみに「PARANOID(パラノイド)」とは「偏執症」を指します。不安や恐怖の影響を強く受け、「他人が常に自分を批判している」という妄想を抱くのが特徴です。

自らを特殊な人間だと信じたり、隣人に攻撃されていると思い込んだりする異常な妄想に囚われますが、それ以外の人格や職業能力は常人と変わらない「妄想性パーソナリティ障害」の一種です。

映画での活用例

このタイトルの意味を象徴する使われ方として、2017年公開の映画『キングコング:髑髏島の巨神』を挙げたいと思います。

最初のコングとの戦闘シーンで、サミュエル・L・ジャクソン演じるパッカード大佐が、コングに対して敵意むき出しで攻撃を仕掛ける場面があります。

あの表情こそがまさに「偏執症=パラノイド」そのものであり、実に見事な選曲だと感心しました。あそこで「ワルキューレの騎行」などが流れていたら、食傷気味になっていたことでしょう。

王座奪取と記録

さて、ヘルレイザーズはスコット・ノートン&トニー・ホームを破り、IWGPタッグ王座を奪取します。1993年8月にジュラシック・パワーズ(スコット・ノートン&ヘラクレス・ヘルナンデス)に敗れるまで、40連勝という驚異的な記録を打ち立てました。

一般公募でチーム名が決まってからは、入場テーマ曲もオジー・オズボーンの「ヘルレイザー」に変更されています。

本質を突く選曲

ヘルレイザーズといえば、後者の「ヘルレイザー」の方が馴染み深いというファンも多いでしょう。

しかし今振り返ると、チームの本質をより表現していたのは、初代テーマの「PARANOID」の方ではなかったかと邪推してしまうのです。

サバスとの因縁

なぜなら、ヘルレイザーズには常に「ロード・ウォリアーズ」という幻影が付きまとっていたからです。本家ロード・ウォリアーズのテーマ曲「アイアン・マン」から一貫してブラック・サバス系の楽曲が使われてきたことも、その印象を強めています。

「ヘルレイザー」を手掛けたオジー・オズボーンは、ブラック・サバスの創設メンバーでもあります。つまり、オジーのボーカルとウォリアーズ一族のファイトスタイルは、切っても切れない関係にあるのです。

孤高になれぬ影

今にして思うと、パワー・ウォリアーという存在は、グレート・ムタのような完全な独立独歩の存在には見えませんでした。

後にアニマルが復帰すると、パワーを加えた3人で「トリプル・ウォリアーズ」も編成されましたが、やがてパワーは佐々木健介に戻り、1997年には本家ロード・ウォリアーズもWWFで復活(チーム名はリージョン・オブ・ドゥーム)します。そして2003年のホーク逝去により、ロード・ウォリアーズは事実上の解散となりました。

共同幻想の終焉

ホークの死後、健介とアニマルは2007年に「ヘル・ウォリアーズ」を結成しましたが、これも長くは続きませんでした。

そういった意味では、「ヘルレイザーズ」という存在自体、ロード・ウォリアーズという巨大な共同幻想が見せた一時の「妄想(パラノイド)」だったのかもしれません。

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