プロレススーパー本烈伝 不在証明―あるいは猪木へのレクイエム (ザ・プロレス本)
活字プロレスの生みの親
日本において「活字プロレス」という独特の文化を創造した偉大なるライターが井上義啓氏ことI編集長である。
1967年より「週刊ファイト」の初代編集長をつとめ、「ファイト」紙ではアントニオ猪木を中心に扱い自らの個性を濃厚に反映させた紙面作りを行い、その編集スタイルはターザン山本氏らの「活字プロレス」に大きな影響を与えた人物である。
名文句を読み解くのは
この本は一見すると私小説だか、ノンフィクションだかなんだかわからない本になっている。
また、「プロレスは底が丸見えの底なし沼」「平成のデルフィンたち(平成時代のプロレスに熱狂するファンを形容)」「殺し」などの名文句を解説なしで読み解くのは現代では困難だとも思われる。
一種の中毒性
このように癖とリズムがあって、初見の人は面食らうに違いないが、いったんハマると抜け出せなくなる一種の中毒性があるのは間違いない。
ハマったと言いつつ、私はI編集長の本は「不在証明」しか所有していないのだが、正直この一冊がささったら十分かなと思う。
井上節が血肉になっているか?
1980年代、I編集長の描く「アントニオ猪木」を楽しみに週刊ファイトの発売を心待ちにしていたプロレスファンは沢山存在した。
その中に私も居たわけで、昭和から生き残っているプロレスファンが現代のファンと決定的に違うのは、井上節が血肉になっているかどうか、という一点のみといっていいだろう。
I編集長の影響
おそらくは猪木本人以上に「アントニオ猪木」という文字を書き、猪木本人よりも「アントニオ猪木」を知り抜いていたであろう井上節に、猪木信者でもなかった私がなぜのめり込んだのか?
若い頃は気付かなかったのだが、「不在証明」が発刊されて四半世紀、I編集長が鬼籍に入られて10数年が経過した今、改めて読み直してみると、意外なくらいに井上義啓編集長の影響が自分の中に染み込んでいることに気づいた。
I編集長の猪木は人間臭い
酒タバコをやらず、未婚で24時間プロレス のことをひたすら考えているという表面的な共通項もそうだが、私が今「不在証明」を読んで刺さったのは、I編集長の中にいるアントニオ猪木像である。
時に真剣での立ち合いを演じる武士のようでもあり、いつもどこかに緊張感がある。それでいて、大きな包容力があって、I編集長の中にいるアントニオ猪木が非常に人間臭いのだ。
真実と直感したのであれば
不在証明の中でI編集長は「≪事実と違っていてもいいのだ。自分の感覚が、それを真実と直感したのであれば、それは、まぎれもなくプロレスの真実になる≫」と記している。
真実はひとつかもしれない。だが、ひとつではないかもしれない。特にプロレスにはいろいろな真実があっていいと思う。
だから、必死に
「人間はしょせん、ちっぽけな忘れられる存在。だが、一瞬の珠玉は、間違いなく、そこに心の証明となって残る。人間はだから、必死にならねばならないのである」
これも不在証明に書かれている一文である。
心の証明を残せるなら
正直すでに天に召されたI編集長は知る由もないだろうが、I編集長の言葉に薫陶を受けて生き残った私は、一瞬の珠玉のために必死で生きねばならない。
病床で「不在証明」を再読して、苦しい副作用の中それでも生きようと思った。たとえ忘れられても心の証明を残せるのであれば、こういう生き方も悪くない。
そう思っている。