【プロレスブログ】 プロレス的発想の転換のすすめ(122) 貫くべき「個」のプロレスファンライフ

[プロレスブログ] プロレス的発想の転換のすすめ

プロレス的発想の転換のすすめ(122) 貫くべき「個」のプロレスファンライフ

主観的な押し付け

マウンティングをする人は、自分の価値観を相手に無理やり押し付けようとします。

その根底には「自分が絶対に正しい」という強い思い込みがあるからです。

自分は正解を知っていて相手は間違っていると信じ込んでいるからこそ、主観的な観点だけで一方的なアドバイスをしてくるのです。

昭和全日本での遭遇

ここで、私の実体験をお話ししましょう。

昭和62年10月、私は初めて全日本プロレスの会場へ足を運びました。旗揚げ15周年記念シリーズという記念すべき生観戦の舞台です。

困った隣人の存在

場所は下関市体育館。リングサイドに近い良席を確保し、胸を高鳴らせて観戦していたのですが、そこで非常に不快な出来事がありました。

隣に座った見知らぬ男性が、なぜかやたらと新日本プロレスを推してくるのです。

無用なダメ出し

私は全日本プロレスの試合を心から楽しみに来ているのに、その男は新日本を持ち上げては、目の前の全日本の試合をくさすという、わけのわからない理屈で絡んできました。

隣で延々とネガティブな言葉を聞かされるのは、まさに苦痛そのものでした。

職人芸が光る第1試合

しかし、試合そのものは見どころ満載でした。

第1試合の小川良成選手対百田光雄選手というカードは、基本に忠実な腕の取り合いや足の取り合いが続く、玄人好みの内容でした。

最後はバックドロップから逆さ押さえ込みで決まるという、非常に渋い闘いだったのです。

暴走戦士の圧倒的パワー

オーソドックスなプロレスの醍醐味が詰まった試合でしたが、その新日本ファンの男にとっては退屈だったようで、散々な言いようでした。

このシリーズには、あのザ・ロード・ウォリアーズも参戦していました。当時の全日本らしい、シリーズ後半からの特別参戦です。

衝撃の秒殺劇

下関での対戦相手は、ジョン・テンタ選手と高木功選手の二人でした。

この大相撲出身コンビを、暴走戦士はあっという間に片付けてしまいました。

ウォリアーズの試合を見届けたそのウザいファンは、なんとメインイベントを見ることなく、満足げに席を立って帰っていきました。

天龍革命の熱気

当時は会場で出会うファンに閉口することも多く、この一件以来、私は10年ほどプロレスファンの友だちを作ろうとは思いませんでした。

さて、厄介な隣人がいなくなり、いよいよメインイベントです。

ジャンボ鶴田選手&ザ・グレート・カブキ選手&ハル薗田選手組に対するは、天龍源一郎選手&阿修羅・原選手&サムソン冬木選手組。

1987年10月、まさに「天龍革命」が産声を上げたばかりの時期でした。

地方を熱狂させる闘い

天龍革命のテーマは「地方でも一切手を抜かない」こと。その言葉通り、目の前で繰り広げられたのは凄まじい闘いでした。

冬木選手が鶴田選手やカブキ選手の厳しい攻めを何度も何度も受け切る姿に、会場中が手に汗握りました。

ハル薗田の輝き

特に印象的だったのが、それまで中堅のイメージが強かったハル薗田選手の激変ぶりです。

この試合での彼は凄まじい気迫で、「若手三羽烏」と呼ばれた実力は本物だったのだと改めて魅了されました。

この熱い闘いを見ずに帰った男は、本当にもったいないことをしたなと痛感しました。

劣等感の裏返し

最高の試合を観た私は、帰り道の天気が悪かったことなど気にならないほど上機嫌でした。

マウントを取る人々は、実は自分より優れた存在に対して劣等感を抱いていることが多いものです。

自分を大きく見せることで相手を支配し、優位に立とうとする行為は、心の脆さの表れでもあります。

私に絡んできた男も、実は全日本の勢いに劣等感を抱いていたのかもしれません。

自尊心を守る盾

マウントを取る人は、自分の優位性を認めさせることで自尊心を満たそうとします。

現代の新日本プロレスファンも、もしかすると似たような状況にあるのかもしれません。

技術重視の層からは「わかっていない」と言われ、インディーファンからは「メジャーの余裕」と揶揄され、昭和ファンからは「闘いがない」と批判される。

こうした全方位からのプレッシャーによる劣等感が、時に「自分たちが正解だ」という過剰なマウンティングに繋がってしまうのでしょう。

賢い受け流し方

もしマウンティングをされたら、一番の対処法は「受け流す」ことです。

相手はただ承認欲求を満たしたいだけなので、適当に聞き流して相手を満足させてあげるのが得策です。

反論したい気持ちをグッと抑えて距離を保てば、精神的なダメージは最小限で済みます。

境界線を引く勇気

昭和62年当時の私はまだ若く、毅然とスルーすることができませんでした。

今はSNSなどで反論もできますが、当時は逃げ場がありませんでした。

この問題はプロレスに限らず、アニメや漫画の世界でも同じです。

自分の「好き」が他人のそれより上だと主張する人とは、そっと距離を置くのが一番です。

価値観は人それぞれ

私が好きなものが、あなたにとっての正解とは限りません。その逆もまた然りです。違っていて当たり前なのです。私の「好き」が誰かの「好き」より劣っているという証拠なんて、この世のどこにもありません。

「自分の好き」を信じていい

「自分の好き」を信じていいのです。他人の物差しに振り回されず、純粋にプロレスを楽しむこと。過剰な布教や押し付けさえ慎めば、必ず快適なプロレスファンライフが待っています。

人間には、自分のアイデンティティを脅かされると、攻撃的になって自分を守ろうとする心理があります。

しかし、1987年のマット界が教えてくれたのは、固定観念を打ち破る熱量こそが真実だということです。同年6月、天龍源一郎選手が「阿修羅・原選手と組んで鶴田選手を倒す」と宣言し、龍原砲を結成した時、周囲は半信半疑でした。

しかし、彼らは「天龍革命」という激しい闘いを通じて、停滞していた全日本プロレスに新しい景色を見せました。

「価値」や「序列」に縛られなくていい

さらに、「鶴龍対決」と言われた鶴田選手と天龍選手の一騎打ち。

これはファンがそれまで抱いていた「全日本は緩い」という偏見を粉砕する、凄まじい肉弾戦でした。

誰かが決めた「価値」や「序列」に縛られる必要はありません。

マウントを取る人は、その枠組みの中にしか居場所がないのかもしれません。

好きなものは好きでいい

しかし、天龍選手が予定調和を嫌って自らの道を切り拓いたように、ファンの心もまた自由であるべきです。

自分の心が震えたのなら、それがどんなにマイナーな選手であっても、他団体との比較で何を言われようとも、その感動は本物です。

「好きなものは好きでいい」。このシンプルな強さこそが、プロレスという多様な闘いを楽しむための、最強の武器なのです。

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