プロレス的発想の転換のすすめ(56 )魂の再起を懸けた闘い
闘病とプロレス
今回は「闘病とプロレス」についてお話しします。少し自分語りが過ぎるかもしれませんが、最後までお付き合いいただければ幸いです。
まず前提として、私は2021年に罹患した「血液がん」という病を決して舐めているわけではありません。
また、半年にわたる抗がん剤治療の副作用が、私にとって想像以上に大変で厄介なものであったということは、先にお伝えしておきます。
終わりのない暗闇
その上で、あえてお話ししたいことがあります。
私は2026年現在、精神疾患の手帳も所持していますが、極論として「がんと精神疾患、どちらが過酷か」と問われれば、圧倒的に精神疾患であると私は考えています。
なぜなら、そこにはプロレスの試合のような明確なルールや、決着を告げる終わりのゴングが存在しないからです。
私がそう感じる理由は、大きく分けて3つあります。
治療のゴールと期限
一つ目は、精神疾患には「ゴールがない」ということです。
私の場合、現在は「血液のがん」と闘っており、完全な寛解の判断が難しい側面はありますが、それでも治療スケジュールには「半年」という区切りがあります。
しかし、精神疾患にはそうした明確な期限がありません。
経済的なセーフティ
二つ目は「保険の問題」です。私が加入している生命保険は、精神疾患では給付の対象外でした。
障害年金の申請も非常に労力を要するもので、何度もはねのけられてきた現実があります。
周囲の理解という壁
そして三つ目は「周囲の理解」です。がんであれば、入院や加療に対して誰もが状況を認めてくれます。
お見舞いをいただけることもありました。
しかし、精神疾患は身内にすら理解されないことが多く、時には「サボり」であるとさえ見なされてしまう。
この孤独な闘いは、肉体的な苦痛以上に私を追い詰めました。
絶望の淵での独白
当時の闘病中の心境を振り返ると、それはまさに「逃げ場のない場外乱闘」の連続でした。
抗がん剤が身体を駆け巡るたび、全身の細胞が悲鳴を上げ、まるでヘビー級レスラーの容赦ないボディスラムを何度も受けているような衝撃が続きました。
鏡に映る自分の姿は、過酷な闘いでボロボロになったレスラーそのもの。
「なぜ自分が」「いつまで耐えればいいのか」……そんな弱音が漏れそうな夜もありました。
しかし、プロレスラーがどれだけ打ちのめされても、観客の声援を受けてロープを掴み立ち上がるように、私もまた、自分の中の「闘魂」を消すわけにはいかなかったのです。
身体の変化を肯定する
ただ、がんを患ったことは、私自身の身体が変化していく一つのプロセスではないか、とも考えています。
二人に一人ががんになる時代、その確率は50%。決して他人事ではありません。
入院していた年末年始、私はテレビを観ないため、格闘技イベント「RIZIN」にアントニオ猪木さんが登場したことはネットニュースで知りました。
燃える闘魂のメッセージ
猪木さんは、亡くなるまでがんよりも厄介とされる難病「全身性アミロイドーシス」と闘われていたことは有名な話です。
ゴールの見えない闇の中でも、最後まで「元気」を発信し続けた猪木さんの姿は、同じく闘病生活を送る者にとっての希望の光でした。
私はこれまで、決して熱心な猪木信者というわけではありませんでした。
しかし、この難病という強敵と正面から格闘する猪木さんの姿には、言葉にできないほど胸を打たれました。
再びメインイベントへ
私は決してがんを軽く見ているわけではありません。
がんを直視し、真正面からぶつかり合っています。
そして、必ずリング(日常)へ復帰するという強い意志のもとで、日々を過ごしています。
この闘いの先にあるのは、ただの回復ではありません。
人生という名の過酷な闘いにおいて、不屈の精神で病魔をなぎ倒し、再び自らの足で人生のメインイベントに立つ。
それは、私が現実にしなくてはならない、人生最大のミッションなのです。
たとえカウント2.9まで追い込まれたとしても、ゴングが鳴るまで試合は終わりません。
私は何度でも這い上がります。
当たり前にあった日常を取り戻して、当たり前を掴み直す! この執念こそが、今の私のすべてです。
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