プロレス的発想の転換のすすめ(99) プロレスと歩む人生
想像を超えた未来
今回は、年月の経過とプロレスについてのお話です。
正直、自分が60歳を過ぎて独身のまま、プロレスを観続けている未来は想像もしていませんでした。
変わらぬファンの姿
プロレスファンとして、ずっと変わらないことはある意味誇れることでもありますが、あまりに変わらなすぎるのもどうなのかなあ、と思ったりもします。
さて、何年か前に東京在住のプロレスファンの友人から「未だにプロレスファンとしてプロレスに関わり続けているのは、ハラダさんくらいだよね」と言われたことがあります。
業界との絶妙な距離
概して長年ファンを続けていると、選手や関係者とのつながりができ、そのまま業界関係者としてプロレスを提供する側に回ることも少なくありません。
特に都心部にいると、ファンとレスラー、ファンと関係者の垣根も、悪い言い方をするとズブズブになることも多いでしょう。
純粋に楽しむ贅沢
しかし、私の場合、山口県の片田舎住まいで、地域密着型団体が隆盛するまでは、ある意味プロレス僻地にいたせいか、甘美なお誘いもなく今日に至っています。
でもプロレスファンとして、純粋にプロレスに関わることができるのは、ある意味最高の贅沢ですね。
激変したファンとの縁
振り返ってみると、この30年でプロレスラーとファンの関係性も激変したように思います。
SNSによる交流なんて、私の学生時代には想像もしていませんでしたからね。
観戦に特化した信念
また、選手の小型化もかつてからは想像もつかないくらいに進みました。
私は元々「やる側」には関心がなくて、「見る側」に特化したスタンスを一貫してとってきました。
従って、プロレスラーになるという選択肢も、プロレスマスコミになるという選択肢もハナから頭にありませんでした。
憧れる選手の共通点
基本、私の憧れる選手は地味だけど仕事ができる人が多い傾向にありますし、自分から目立ちたいとか認められたいとかいう気持ちはほとんどありません。
不思議なことに、人に技をかけたことすらほとんどなかったりもします。
ここまで完全に自分が「見ること」にこだわったのは、正直なぜなんだろうと思うくらい、自分でやってみよう、自分が主役になろうとはつゆほども思わなかったのです。
自分らしくあること
ですから、たまに自分がスポットライトを浴びると、すごく場違いな感じがして居心地が悪い思いをすることもたくさんありました。
まあ、でも日陰にいても日向にいても私は私なんで、基本がブレなければそれでいいと思います。
今更勘違いする要素はないですし、自分のありようがそこそこ見える年齢になりましたから、周りの評価で自分の価値を左右されることも少なくなりました。
地域密着の広がり
プロレス観戦をし始めた頃と現在の決定的な違いの一つに、プロレス団体の地域密着化が挙げられます。
おかげで都心部に行かなくても、プロレスの観戦数は昔とそう変わりません。
しかし、都心部で顕著だった「闘い」のバッティング問題が地方でも発生するようになっています。
地方で味わう贅沢
でも、都会でしか発生しないと思われていた「闘い」のバッティング問題を、地方にいながら体感できるとは夢にも思いませんでしたからね。
こんな贅沢な悩みができる良い時代に生きられる幸せったらないですね。
さすがに昔とは違い、長いことプロレス会場に通うとプロレスファンだけでなく、選手とも知り合いにはなりますが、基本ファンと選手とのスタンスは崩さないよう気をつけてはいます。
非日常の緊張感
かつてプロレス界では、あまりに距離が近づきすぎたがゆえに起きた悲劇やトラブルが幾度もありました。
昭和の時代、ファンが熱狂のあまりリングに乱入した事件や、プライベートでの過度な接触が引き金となった金銭トラブルなどはその典型です。
人間心理として、憧れの対象と「近づきたい」という欲求は自然なものですが、その境界線が曖昧になった時、プロレスが持つ「神秘性」や「非日常の緊張感」は損なわれてしまいます。
聖域を守るための距離
選手は命を懸けてリングという聖域で「闘い」を披露し、ファンはそれを客席から見届ける。
この物理的、精神的な距離感こそが、互いの敬意を維持するための安全装置なのです。
どれほど年月が流れ、SNSで気軽に言葉をかわせる時代になっても、私は一線を越えません。
リング上の物語を純粋に享受し続けるために、ファンと選手とのスタンスは崩さないという矜持を持ち続けていたいのです。
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