プロレス的発想の転換のすすめ(113)プロレスと心の境界線
精神を守る心の壁
今回は「心の境界線」とプロレスについてのお話です。
自分と外界を区別する「心の境界線」が明確であれば、他者に「踏み込まない」、そして他者に「踏み込まれない」健全な人間関係が築け、精神状態は安定します。
曖昧さが生むストレス
しかし、この境界線が曖昧でぼやけていると、外部からのストレスをダイレクトに受けてしまい、
苦しい気持ちに苛まれることになります。 長くプロレスファンを続けていると、プロレスラーとの交流や付き合いが自然と発生することもあるでしょう。
距離感を見極める
最近では、選手とファンの距離をあえて近く設定する団体も増えています。
だからこそ、今改めて「心の中の境界線」を考えることは大変重要です。
自身の感情を冷静に見つめ、自分と相手の関係性を客観的に捉え直すことが求められています。
自分を守るための規律
客観的な視点を持つことは、自分の中の問題解決に向けて動き出す第一歩となります。
「相手に良く思われたい」と願うよりも、「そこに心を砕くことで、自分にとって大切なものを犠牲にしていないか」と振り返りましょう。
自分なりのルールを設ける姿勢こそが、自身の心を大切にすることに繋がります。
繋がりと自制心の葛藤
私もファンになったばかりの頃は、レスラーさんと繋がれることに高揚感を覚えた記憶があります。
しかし、レスラーを志すほどの情熱的な方々は、良くも悪くも個性的で「手強い」側面があることに後々気づき、次第に適切な距離を置くようになりました。
また、選手に言われるがままグッズを買い続けては生活が立ち行かなくなります。
そこは自制すべきだと感じたのです。
匿名性を保つファン心理
今では、選手に顔を覚えられないよう、なるべくひっそりと息を潜めて応援しています。
それでも観戦記などを発信していると、どうしても目立ってしまい、選手に見つかってしまうこともあります。
これを周囲から羨ましがられるのは、正直なところ本意ではありません。
舞台裏を知るリスク
確かに選手と繋がれることは「特典」かもしれません。
しかし、繋がりが深まりすぎて舞台裏を見すぎてしまうと、純粋な「闘い」としてのプロレスを楽しめなくなってしまう恐れがあります。
ファンとして、夢を見続けるための境界線は必要なのです。
健全な関係性の構築
私は今、選手や関係者の方々とは適度な距離を保ちたいと考えています。
境界線を「ここまで」と具体的に引くことは、自分を守るだけでなく、相手の尊重にも繋がります。
過度な犠牲の上に成り立つ関係性は、決して健全とは言えません。
敬意が生んだ悲劇と教訓
プロレスは、リングという「物理的な境界線」があるからこそ、命を懸けた闘いが成立します。人間心理も同じです。
相手が超人であっても一人の人間であることを忘れず、土足で踏み込まない敬意を持つこと。
この一線を守ることこそが、愛するプロレス文化と、自分自身の心を永く守り続ける唯一の方法なのです。
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