プロレス的音楽徒然草 Olympicは火の車
黄金時代の旋律
今回は入場テーマ曲そのものではありませんが、新日本プロレスの中継番組『ワールドプロレスリング』のオープニングを飾った名曲、久保田利伸さんの「Olympicは火の車」にスポットを当てます。
この楽曲は、ジャパニーズR&Bの先駆者である久保田利伸さんのデビューアルバム『SHAKE IT PARADISE』の2曲目に収録されたナンバーです。久保田選手は大学時代の軽音楽部ロック研究会で仲間とバンドを結成し、翌年にはコンテストでベストボーカリスト賞を受賞するなど、早くからその天賦の才を現していました。
卒業後は作家契約を結び、多くの歌手やアイドルに楽曲を提供。そして1986年、シングル「失意のダウンダウン」で鮮烈なメジャーデビューを果たします。この曲も「Olympicは火の車」と同様に、同年9月10日に発売された珠玉の1stアルバムに収録されています。
異色の番組リニューアル
当時の『ワールドプロレスリング』は、まさに変革の真っ只中にありました。1987年4月7日、長らく親しまれた「金曜夜八時」の枠から火曜20時へと移行。バラエティ要素を大胆に取り入れた『ギブUPまで待てない!!ワールドプロレスリング』として生まれ変わったのです。
「プロレス+バラエティ=面白すぎるスポーツ番組」というコンセプトを掲げ、メインパーソナリティには山田邦子さんを起用。スタジオ収録のトークの合間に試合中継を挟み込むという、当時のプロレスファンにとっては、衝撃的で受け入れがたい構成でした。
予期せぬ番組の転換
このリニューアルの背景には、前番組『ビートたけしのスポーツ大将』が「フライデー襲撃事件」により打ち切りを余儀なくされたという、芸能界を揺るがす大事件がありました。その穴埋めとして枠移動が行われたのです。
よもや、この流れが後にマット界を大混乱に陥れるTPG(たけしプロレス軍団)の上陸へと繋がるとは、当時は誰も予想だにしませんでした。まさに運命のゴングは、思わぬところで鳴らされていたのです。
緊迫のインタビュー
番組の中期、山田邦子さんが一時帰国中だった馳浩選手にインタビューした際、プロレス史に残る一幕がありました。山田さんが「(試合中の怪我による)血って簡単に止まるものなんですか?」と問いかけたのに対し、馳選手は「止まるわけないだろ、つまんないこと聞くなよ!」と激昂しました。
「闘い」に身を投じるレスラーの殺気と、お茶の間のバラエティ感覚が衝突した、一触即発のエピソードとして有名です。
三十四年越しの握手
個人的には、当時から現在に至るまで山田邦子さんが変わらずプロレスを愛し、応援し続けてくれていることは非常に嬉しい限りです。
馳選手が後に文部科学大臣に就任した際、教員時代の体罰について謝罪していましたが、ファンとしては「あの時の山田さんにも謝ってほしいな(笑)」と感じていたものです。しかし、2021年1月4日のNOAH後楽園ホール大会にて、解説席の山田さんと参戦した馳選手がグータッチを交わし、実に34年ぶりの「和解」を果たしました。これこそがプロレスの持つドラマ性と言えるでしょう。
運命のテーマ曲採用
番組の試行錯誤が続く中、スタジオ収録の中止に伴い、当初オープニングを担当していた男闘呼組が降板。そこで新たに抜擢されたのが、久保田利伸さんの「Olympicは火の車」でした。
この曲は、切ないバラードの名曲「Missing」と共に1987年9月まで使用されました。特に「Olympicは火の車」のインストゥルメンタル版は、エンディング後の提供読みBGMとして定着。1987年10月以降、テーマ曲がCHAGE&ASUKAの「狂詩曲(ラプソディ)」に変更され、その後に現在も使われているエマーソン・レイク・アンド・パウエルの「ザ・スコアー」へとつながっていきます。
歴史を目撃した予感
久保田利伸さんの登場は、今でもはっきり覚えているくらいに鮮烈でした。1986年4月にスタートしたラジオ番組『HITACHI FAN! FUN! TODAY』で、上柳昌彦アナウンサーが「歴史的な場面に遭遇できます」と興奮気味にライブ告知をしていたのを覚えています。
のちの久保田さんの世界的活躍を思えば、あの瞬間に立ち会ったファンは、まさに「歴史の目撃者」となったのです。
記憶に刻まれた旋律
当時、私は就職祝いで手に入れたばかりのCDプレイヤーで何を聴くか迷っていました。結局『SHAKE IT PARADISE』は「後世まで残る名盤だからいつでも買える」と判断し、別の盤を購入。しかし、不思議と縁がなく、実際に手にしたのは随分後になってからのレンタルでした。
今でも街中で「Missing」を耳にすると、胸が締め付けられるような切なさと共に、あの熱かった「闘い」の日々が脳裏をよぎります。この曲を聴いてプロレスを思い浮かべるのは、もはや「昭和の残党」のようなファンだけかもしれませんが、私は一人、ニヤニヤが止まらないのです。
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