プロレス的音楽徒然草 吹けよ風、呼べよ嵐(One of These Days)
狂乱を呼ぶ不気味な旋律
今回はプロレス入場テーマ曲の金字塔、ピンク・フロイドの名曲『吹けよ風、呼べよ嵐(One of these Days)』をご紹介します。
この曲はご存じ、“黒い呪術師”アブドーラ・ザ・ブッチャー選手のテーマ曲としてあまりにも有名です。しかし、実はこの曲がブッチャー選手の専売特許となる前、全日本プロレスでは「悪役レスラー全般のテーマ」として重用されていました。
かつてのマット界では、ザ・シーク選手対ブッチャー選手、あるいはタイガー・ジェット・シン選手対シーク選手といった、流血必至の「地獄の闘い」において、赤・青両コーナーから全く同じこの曲が流れるという、今では考えられないシュールな光景が繰り広げられていたのです。
惨劇を予感させるイントロ
楽曲の構成を紐解くと、冒頭から約20秒間、吹き荒れる風の音が会場を包み込みます。そこからロジャー・ウォーターズとデヴィッド・ギルモアが奏でる、重低音の効いた不気味なベースラインが交差するように響き渡るインストゥルメンタル曲です。
1971年に発表されたアルバム『Meddle(邦題:おせっかい)』に収録されたこの曲は、中盤で「One of these days, I’m going to cut you into little pieces(いつの日か、お前を細切れにしてやる)」という衝撃的なセリフが聞こえます。これはドラマーのニック・メイスンの声を、不気味さを演出するためにテープの回転速度を落として収録したもの。まさに、相手の肉体をフォークで切り刻むブッチャー選手のファイトスタイルを予言したかのような一節です。
緩やかだった定義
全日本プロレスが入場テーマ曲を積極的に導入し始めた初期、個別のテーマ曲を持つ選手は極めて限定的でした。 当時は管理が非常に「ざっくり」としており、ドス・カラス選手は兄であるミル・マスカラス選手と同じ『スカイ・ハイ』を使用。ザ・ファンクス(ドリー&テリー)は兄弟ひとまとめで『スピニング・トーホールド』。さらにNWA世界ヘビー級王者が来日すれば、誰であっても『ギャラクシー・エキスプレス』で迎え入れるという、今では信じられないおおらかな時代でした。
移籍が招いた重複
シン選手は新日本プロレス時代、アントニオ猪木さんと熾烈な抗争を展開していた頃からこの曲を使用していた時期があります。そのため、シン選手が全日本へ電撃移籍した際、既に定着していたブッチャー選手とテーマ曲が「被ってしまう」という珍現象が起きたのが真相のようです。
団体が異なれば同じ曲を使う例はありますが、同じリングでトップレスラー同士の曲が重複するのは異例中の異例。現在では、シン選手には『サーベル・タイガー』、シーク選手には『はげ山の一夜』が定着していますが、あの混迷の時代があったからこそ、この曲の禍々しさはより際立ったのかもしれません。
有名なところでは百田光雄選手(全日本)と、山田恵一選手(新日本)が同じロッキーのテーマを使用していました。百田さんは今でもロッキーのテーマで入場してますが、山田恵一が風にならなかったら、案外シン対ブッチャーみたいな現象がおきていたかもしれませんね。余談ながら獣神サンダー・ライガー対百田光雄戦は実現していますけど…。
呪文が完成させた
やがて「吹けよ風、呼べよ嵐」はブッチャー選手の完全なる代名詞となります。その決定打となったのが、アルバム『ブッチャー・ザ・グレイテスト』に収録された本人による不気味な「呪文」をイントロに追加した演出です。
このアレンジにより、楽曲の持つサイケデリックな恐怖と、ブッチャー選手が醸し出す呪術的なイメージが完全にイコールとなりました。
異次元の合体
この曲にまつわる最大の衝撃は、鈴木みのる選手とのタッグ結成時に披露された『風になれ』と『吹けよ風、呼べよ嵐』の合体バージョンでしょう。
パンクラスを旗揚げし、真剣勝負を標榜していた時代の鈴木選手を知るファンからすれば、ブッチャー選手と横に並ぶ姿など想像もつきませんでした。しかし、ブッチャー選手はかつて東京プロレスのリングで高田延彦さんともシングルで対峙しており、不思議とU系選手との縁が深いレスラーでもあります。「風」の名を持つ二人のテーマが融合した瞬間は、会場にいた観客にとって一生モノの記憶となりました。
会場限定のあだ花
全日本プロレスには、テーマ曲マニアとして知られる木原リングアナがいたことも、こうした拘りある音作りを支えた要因でしょう。
著作権の壁により、後年に映像作品やCDで再現することが極めて困難な「合体テーマ」は、まさにその場、その瞬間しか味わえないプロレス界の「あだ花」のような存在です。
権利関係のグレーゾーンを突き進みながらも、ファンの熱狂を最大化させるために生み出された音の魔術。それこそが、理屈を超えた情念が渦巻く「プロレスという名の闘い」そのものを象徴しているのかもしれません。
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