プロレス的発想の転換のすすめ(12) 対価と価値の闘い
観客が決める価値
今回は「対価」についてお話しします。
芸術やライブ、あるいはスポーツ観戦に至るまで、様々な場面で対価は発生します。
その価格が高いか安いかを最終的に判断するのは、サービスを提供される観客自身です。
満足度が示す指標
しかし、この価格に関しては、はっきりとした客観的な指標があるわけではありません。
おおよその相場は存在しますが、多くの場合、それは観客個人の満足度に大きく左右されます。
価値観は人それぞれ
したがって、誰もが同じものに対して、全く同じ価値を見出すとは限りません。
映画にしろプロレスにしろ、その価値を見出せない人にとっては、単なる無駄遣いにしか見えないこともあるでしょう。
嗜好への尊重
ですが、「あんなものにお金をつぎ込んで馬鹿じゃないの?」と他人の趣味を揶揄するのはご法度です。
私の場合、酒、タバコ、ギャンブルは一切やりませんし、外食や買い物もほとんどしません。単純に興味がないからです。
闘いへの投資術
かつては「大人の嗜み」と言われた酒やタバコを必要としないのは、我ながら賢い選択をしたと思っています。
その代わり、生き甲斐であるプロレスには、なるべくお金を惜しまないようにしています。
ただし、一大会あたりの予算は概ね5,000円台までに留めるようにしています。チケット代も値上がりしているため、なかなか枠内には収まらなくなっていますが。
観戦回数を増やす策
昔はリングサイド席に万単位のお金を払っていましたが、より多くの闘いを観たいと思えば、一回あたりの支出を抑える必要があります。
当日券は割高になるため、可能な限り前売り券を購入しますし、割引券があればそれも活用します。
招待券を使わぬ矜持
個人的には、イベントとしての闘いを除き、招待券はあまり使いたくないと考えています。
なぜなら、自分でお金を出さずに好き勝手な意見を言うのは、やはり気が引けるからです。
観る側の覚悟と準備
最近は考え方も多様化しましたが、やはりそこは観る側の矜持として持っておきたいプライドのようなものです。
また、前売り券を買うためには、自分のスケジュール調整も不可欠です。
万全の体調で臨む
当然、体調管理も外せない要素です。
また、複数の大会が重なった場合、どのように動けば自分にとってベストな選択になるかを考え抜きます。
他の娯楽との兼ね合い
映画の場合なら、メンズデー、映画の日、劇場会員デーなどを必ず利用します。
これも、できるだけ多くの作品を観たいからですし、プロレスや他の娯楽との兼ね合いも考慮しなければなりません。
娯楽を超えた存在
一般的な娯楽費というのは「なくても困らない支出」と捉えられがちです。
しかし私の場合、プロレスもアニメも映画も、単なる娯楽の枠を超えた存在なのです。
後悔しないための模索
とはいえ、特にライブは「水もの」です。じっくり計画を練り、楽しみにして当日を迎えても、必ずしも満足して帰路につけるとは限りません。
だからこそ、すべてが終わった時点で後悔する確率が低くなるよう、常に最善の鑑賞スタイルを模索する必要があります。
対価は覚悟の証
ただ闇雲にお金を使うのではなく、いかにして自分を満足させられるかを考えるプロセスは、決して無駄ではありません。
対価を払うということは、言い換えれば自らの「覚悟」を示すことでもあります。
真剣勝負の熱狂
命を削って稼いだお金を使うということは、文字通り命懸けの行為です。
観客側も「命のやり取り」だと思っているからこそ、不甲斐ない内容には真剣に怒りますし、素晴らしい内容には真剣に熱狂するのです。
生きるための糧
それができるからこそ、プロレスは生き甲斐と言えるわけです。
どんなに辛いことがあっても、自分を支えてくれる生き甲斐があればこそ、こうして生きていけるのです。
互いの聖域を守る
もし、あなたにとっての生き甲斐がパチンコだとしても、私は価値観が違うだけで、肯定も否定もいたしません。
私にとっては無駄遣いになるので、同行を求められたら全力で拒否しますが、そうでなければ干渉もしません。
心のゴングを鳴らせ
人生という名のリングにおいて、何に魂を燃やし、何に対価を支払うかは自分次第です。
棚橋弘至選手が「愛」を叫び、オカダ・カズチカ選手が「カネの雨」を降らせるように、私たち観客もまた、自らの意志で選んだ闘いに全力の拍手と対価を送り続けましょう。
たとえ場外乱闘のような困難が訪れても、カウント2.9で立ち上がる不屈の精神さえあれば、明日と言う日もまた、最高のものになるはずです。
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