プロレス的発想の転換のすすめ(93)ファッションとプロレス
共通言語としてのTシャツ
今回は、ファッションとプロレスにまつわるお話です。
あるお店を訪れた際のこと。私が着ていた「BULLET CLUB」バージョンのCody選手のTシャツを見て、男性の店員さんが「プロレスお好きなんですか?」と話しかけてきました。
プロレスを知らない人が見れば、このTシャツはごく普通のデザインに見えるでしょう。
しかし、知る人が見れば、どの団体の、どのユニットの、誰を応援しているのかが一目で分かってしまう、そんな仕組みになっています。
このように、初めて会った人ともTシャツのデザインひとつで親しく会話が弾むことは、決して珍しくありません。
優秀な交流ツール
これは、非常に優れたコミュニケーションツールではないかと感じています。
特に最近のプロレス会場では、ユニットやチーム、あるいは団体公式のTシャツを身にまとって観戦するお客さんを数多く見かけます。
先ほどの店員さんも「レスリングどんたく」を2日間とも観に行ったと話していました。
おそらく彼も、休日には私と同じようにグッズを身につけて会場へ足を運んでいたのでしょう。
かつてK-1やPRIDEが全盛だった頃も、選手の公式グッズを着用した観客を多く見かけました。
これは運営サイドが、プロレスという「闘い」から学べる要素を最大限に取り入れ、良いところ取りをした結果だと言えます。
伝統を壊した企業努力
「良いところ取り」という表現に語弊があるならば、それは「企業努力」と言い換えてもいいでしょう。
昭和の時代には、このような光景はまずお目にかかれませんでした。
せいぜい新日本プロレスの会場で、稀にライオンマーク入りの闘魂Tシャツや、外国人エースだったハルク・ホーガン選手の「一番」Tシャツを着た男性をたまに見かける程度だったのです。
潮目が変わったのは、プロレス界で言えば「nWo」の登場でしょう。
しかし、日本全体で考えるなら、その前にJリーグのサポーターがもたらした「ファッション革命」があったと私は考えています。
贔屓のチームのユニフォームや公式グッズを身にまとって観戦するという、新しいスタイルの確立です。
観客席に訪れた変化
「そんなの当たり前じゃないか」と思うかもしれません。しかし、昔のプロレス映像を振り返ると、客席は実に地味でした。
プロレスに限らず、プロ野球もボクシングも同様です。
仕事帰りのビジネスマンがリングサイドに陣取り、しかめっ面で真面目に観戦している図がほとんど。
プロ野球の場合、ユニフォームを着ている観客=騒がしい応援団という、やや否定的なイメージも影響していたのかもしれません。
その背景には、日本人が重んじる「真剣勝負信仰」があったのだと思います。
「人が命を懸けて真剣に闘っているのに、それをチャラチャラと楽しむとは何事だ」という思い込みが、観客の心の根っこにあったのではないでしょうか。
真剣勝負の負の側面
大相撲やプロボクシングも同様で、かつては観客が積極的に楽しもうという雰囲気は希薄でした。
大相撲は伝統芸能の側面があるため文化が根付きにくいかもしれませんが、外来スポーツであるボクシングには、もっと変容する余地があるはずです。
とはいえ、この真剣勝負信仰の「負の側面」は、エンターテインメント化を妨げる要因になりやすいものです。
特に日本には「真剣勝負であれば何をしてもいい」という、美学と自分勝手を混同してしまう国民性があるように感じます。
そのため、他者を思いやる「利他の精神」がなかなか定着しにくい側面もあるのでしょう。
勝利至上主義の罠
2018年に起きた日大アメフト部の反則タックル問題は、真剣勝負の「負の側面」を世間に露呈させました。
「勝てば何をしてもいい」というのは、確かにある種の真剣勝負の姿かもしれません。
しかし、いわゆる「真剣勝負」と「真っ向勝負」は別物です。
どんな卑怯な手を使ってでも勝てばいいというのが真剣勝負の真の姿であり、一説には宮本武蔵の実像もそうした側面があったと言われています。
大相撲の横綱が「変化」をしてはいけないという暗黙の了解も、日本では「品格」という言葉で語られますが、海外から来た選手にとっては「勝つことが正義」であり、反則すれすれの行為も真剣勝負の一環となります。
応援を楽しむ文化
しかし、相手を怪我させてでも勝てばいいという精神は、スポーツマン以前に人として欠如していることは、一連の騒動を見れば明らかです。
現代において、古の兵法がそのまま通用しないのと同じことです。
1993年のJリーグ開幕は、それまで「しかめっ面で観戦するもの」だったスポーツを「楽しんで応
援するもの」へと劇的に変化させました。
その象徴こそが、カラフルなレプリカユニフォームだったのです。
三銃士が作った新時代
プロレス界においても、1992年から1993年にかけて「1.4(イッテンヨン)東京ドーム大会」が恒例化したことは、大きな転換点でした。
本場アメリカのWCWから豪華スターが来日し、猪木さん主体の真剣勝負路線から、闘魂三銃士による華やかな「闘い」へと時代が動いたのです。
破壊王・橋本真也選手の重厚な蹴り、天才・武藤敬司選手の変幻自在なテクニック、そして蝶野正洋選手の鋭い感性。
彼らはプロレスを「スポーツ」と「エンターテインメント」の高次元な融合へと押し上げました。
特に蝶野選手が1996年にアメリカから「nWo」というムーブメントを輸入したことで、景色は一変します。
黒のカリスマの衝撃
それまで、悪役(ヒール)といえば「嫌われ者」が定石でした。しかし、黒いサングラスに黒のガウンで現れる蝶野選手は、圧倒的に「格好良かった」のです。街中でも普通に着られる黒地に白の「nWo」ロゴTシャツは、爆発的なヒットを記録しました。
当時の渋谷や原宿では、プロレスファンならずともnWoTシャツを着た若者たちが溢れていました。
芸能界でも愛用者が続出し、プロレスが「ストリートカルチャー」の一部になった瞬間でした。
ヒールユニットのグッズがこれほどまでに売れるという事象は、まさに革命だったのです。
観客と作る「闘い」
プロレスラーは「誰に、何のために、何を提供できるのか」という視点を非常に大切にしています。
自分のしたいことだけを追求して観客を蚊帳の外に置いてしまえば、その「闘い」は長続きしません。
Jリーグの背番号12が「サポーター」を意味するように、プロレスもまた、選手がお客さんのために体を張り、知恵を使うことで成り立っています。
ヒットTシャツを生み出す選手は、単なるプレイヤーではなく、観客という「12番目の選手」の心理を誰よりも理解しているのです。
利己主義の先にあるもの
こうして考えると、自分勝手な「真剣勝負」に固執した結果、プレイヤーや観客が幸せになれるとは到底思えません。
むしろ、自分の利益だけを優先して相手を潰そうとする行為は、長期的には自分の居場所さえも失ってしまうことに繋がります。
人間心理において、自分さえ良ければいいという「利己主義」は、一時的な優越感を与えてくれるかもしれませんが、その結末は周囲からの孤立であり、最終的には「誰も幸せになれない」虚しい状況を招くだけです。
プロレスという「闘い」の本質は、相手の攻撃を正面から受け止め、互いの魅力を引き出し合い、観客と一体となって一つの空間を創り上げることです。
自分も楽しみ、なおかつ人も楽しませる「利他の心」があるからこそ、あのnWoTシャツは単なる服を超え、時代を象徴する絆となったのではないでしょうか。
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