[プロレスブログ] プロレス的発想の転換のすすめ(28) 無料という甘えを断つ覚悟

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プロレス的発想の転換のすすめ(28) 無料という甘えを断つ覚悟

お金と責任の在り方

今回は「お金」の話をします。

 私は2016年ごろまでカウンセリングをはじめ、いろいろな資格の勉強をしてきました。

今振り返ると、当時はうつなどの病気を抱えていたこともあり、「会社勤めは難しい、フリーランスとして生きていくしか道がない」と思い込んでいたのです。

その前に、私は自分が楽になりたくて心理学やコーチング、ファシリテーションの技術を学んできたので、それを「人のためにどう使うか」についてはあまり考えてきませんでした。

これは今でも大きくは変わりません。

 お金を払うと言われれば仕事として取り組みますが、基本はビジネスとしての感覚です。「お金になるよ」と言われてもあまりピンときていませんでしたし、正直なところ、つい最近までその感覚は希薄でした。

そもそもカウンセリングで稼ごうという気もなかったからです。実際、それほど儲かるものでもありませんでした。

報酬が伴う覚悟

ただ、お金をいただくということは、ある種の覚悟と責任が伴います。

私はそのリスクを自分なりに避けようとしていたのかもしれません。

 イラストを唯一の生業(なりわい)にしていた頃は、その心理がネックになり、かなり苦しい思いをしました。

まず「自分のイラストなどお金になるはずがない」という思い込みが、大きな壁として立ちふさがったのです。

それはもう、しんどいという言葉では言い表せないほどでした。

しかし、自分の目を背けたい問題点と真正面から向き合うようになると、「本当は儲けたいわけではない」という本音が見えてきました。

今では何とか自分の気持ちに折り合いをつけ、必要な分のお金を稼ぐことに関しては、罪悪感を持たずに取り組めるようになっています。

無料に抱く疑問

こうした経験があるからこそ、プロレスの「闘い」において、イベント以外の通常大会を無料にしているケースを見かけると、たとえそれがアマチュア団体であっても私は疑問を抱いてしまいます。 

プロとアマの区別を、お金を「取る・取らない」だけでつけてしまうと、「アマチュアだから責任も取らなくていい」という話になりかねません。

「タダなのだからこの程度でいいだろう」という姿勢は、観客にとってはたまったものではありません。無料とはいえ、人様の限られた時間を割いて観ていただく以上、相応の覚悟がないと付き合いきれないのです。

当然、恥ずかしくないものを披露するためには練習も必要ですし、体作りも欠かせない要素です。トレーニングもタダではできません。

そうした経費をどこから捻出するのか。

場所を借りるにしてもお金はかかるのです。そもそも選手自身も貴重なお金と時間を費やしているのですから、「無料」を逃げ道にして言い訳をしないでほしいと感じます。 

もちろん、確固たる信念があって無料にしている分には構いません。しかし、少なくとも「アマチュアだからタダ、プロだから有料」という考え方は、それこそ単なる思い込みにすぎないのではないでしょうか。

プロとしての誓約

独立して働くフリーランスにとって、最も高いハードルは「値決め」です。

特に駆け出しの頃は、過去の私や一部のアマチュアレスラーのように「自分程度の技術で対価をもらっていいのか」という不安に襲われます。

 しかし、あえて厳しい言い方をするならば、「無料や格安」に逃げることは、プロとしての責任を放棄する行為でもあります。

プロレスの「闘い」において、チケット代を頂くことは「怪我をさせない技術」や「満足させるエンターテインメント」を提供し続けるという誓約です。

これはフリーランスの仕事も同じです。 「無料だから」という甘えを断つ――。「安いから、多少のミスや遅延は許されるだろう」という甘えは、自身のブランドを損なうだけでなく、クライアントの大切な時間を奪うことになります。

適正価格の意味

「再投資」のための適正価格――。レスラーが体を鍛えるためにジム代が必要なように、フリーランスも最新のソフト、機材、そして学びのために資金が必要です。

安売りしすぎて疲弊し、学ぶ余裕を失えば、提供できる価値は下がっていく一方です。 

「お金を頂くのが怖い」と感じるのは、あなたが自分の仕事に対して誠実だからです。

その誠実さを、「高いクオリティを維持し、クライアントと対等な『闘い』に挑むための覚悟」へと変換してください。適正な価格を設定することこそが、あなたと相手の双方を尊重する第一歩なのです。

「技術を売ってお金を得る」という行為は、単なる労働の対価ではなく、「提供する価値への責任」を可視化したものです。 

例えば、かつてある小規模なプロレス団体の選手は、あえて「アマチュア」という看板を下ろし、入場料を徴収する決断をしたそうです。

それまでは「タダで見せているから、ミスがあっても笑って許して」という空気がありましたが、有料化した瞬間、選手たちの表情は一変しました。

有料化がもたらす

責任の所在: 有料にすることで、万が一の事故や不手際に対する言い訳を自ら封じることになります。

クオリティの向上: お金を払った観客からの「厳しい視線」を浴びることで、練習の質が劇的に上がりました。

持続可能な活動: 徴収したお金をリングのメンテナンスや救護体制に充て、より安全で質の高い「闘い」を継続できる環境を整えられたそうです。

心理カウンセリングも、イラスト制作も、プロレスも、本質は同じです。お金を介することで、提供する側と受け取る側の間に、真剣勝負としての「信頼関係」が生まれるのです。

闘える状態を維持

余談になりますが、現在私はフリーランスを辞めて、会社勤めをしています。

もともとうつであることを踏まえても、フリーランスの不安定さは身に堪えました。

たとえ病気になろうが、目が見えなくなろうが、仕事をしなければ収入は皆無になるうえ、一度仕事に穴をあけると、ブランクを経て復帰することが困難になるケースもあるからです。

現在、私は精神障がい者として、無理のない程度に働きに出ています。

フリーランス時代に学んだことは、「常に複数の選択肢を用意しておき、闘える状態を維持すること」、そして「自分が無理のない生き方をできることを念頭に置く必要性」です。 

確かに生きていくことは決して楽ではありません。

しかし、自分の価値は自分が思う以上にあるかもしれません。

そこを踏まえたうえでお金を得ることについて、改めて考えてみるのも良いのではないでしょうか。

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