プロレス的発想の転換のすすめ(9) 限界の先へ響く魂
比較なき情熱の形
今回は「限界を知る」ということについてお話しします。
人によって、物事に対する興味の程度や種類には大きな違いがあります。
そのため「好き」の度合いを他者と競争することは、不可能に近いといえるでしょう。
他人の価値観と自分の価値観がたまたま近かったということはあるかもしれませんが、それは決してイコールではないのです。
満身創痍の天才
たとえば「プロレスLOVE」を公言している武藤敬司選手は、「俺たちの根底にはプロレスへのLOVEがある」と言い切ってはばかりません。
しかしその裏では、長年のレスラー生活によって満身創痍となった身体を引きずって「闘い」を続けていました。
栄光と膝の代償
特に深刻なのが右膝の怪我で、すでに4回以上も手術を行っているそうです。
膝を故障した原因は、若手時代に得意技としていた「ムーンサルトプレス」を多用したことにあります。
成功しても失敗しても膝を強打するこの技は、武藤選手にとって海外で這い上がるために、痛みをこらえて使い続けた代償だったのです。
変わらぬ覚悟の姿
怪我をした膝は真っ直ぐに伸びず、300メートル以上は休み休みでないと歩けないといいます。
日常生活では車椅子を使用することもあり、かつて晩年のジャイアント馬場選手が若手の肩を借りて歩いていた姿を思い出すと、同年代の私などは切ない気持ちになります。
入門時の坊主頭時代から知っている選手だけに、若くはつらつとしたイメージが昨日のことのように脳裏に焼き付いており、寂しさを覚えるのは当然かもしれません。
閃光魔術の誕生
しかし、武藤敬司選手はそこで終わりませんでした。
試合でロングタイツを愛用しているのはテーピングで固めた膝を隠すためですが、その硬い膝を相手に直撃させることでひらめいたのが、現在の必殺技「シャイニング・ウィザード(閃光魔術)」です。
まさに怪我の功名。ムーンサルトを封印しても観客を満足させるところが「天才」たる所以です。
限界という壁にぶつかりながら、新たな「闘い」の形を創造する覚悟こそが、レスリングマスターの真骨頂といえるでしょう。
宿命を超えた帰還
「絶対王者」と呼ばれた小橋建太選手ほど、肉体の限界と戦い続けたレスラーはいません。2006年、39歳の全盛期に「腎臓がん」が発覚します。
医師からは「戻るための手術ではなく、生きるための手術です」と告げられ、事実上の廃業勧告を受けました。
しかし、彼は諦めませんでした。腎臓の半分を摘出後、凄まじい倦怠感と闘いながら道場へ戻りました。
プロレスラーにとって「筋肉」は命ですが、食事制限でタンパク質も十分に摂れない。それでも小橋さんは「待っているファンがいる、誰もやっていないなら自分が一例目になればいい」と執念を見せます。
2007年12月2日、日本武道館。がん発覚から564日後、彼は再びリングに立ちました。対戦相手の三沢光晴選手、秋山準選手は「情け」を一切かけず、執拗に手術痕のある腹部を攻め立てます。
これこそが、小橋選手が求めた「プロレスラー」としての完全復活でした。医学的限界を精神力で塗り替えた、プロレス史に残る瞬間です。
責任感が紡ぐ極限
「プロレスにマックス(限界)はない」という言葉を残したのが、三沢光晴選手です。
1990年代、四天王プロレスと呼ばれた時代の三沢選手は、脳震盪を起こしながらも立ち上がり、雪崩式のエメラルド・フロウジョンやバックドロップの応酬という、いつ命を落としてもおかしくない限界を超えた「闘い」を繰り返しました。
試合後、控室の床で若手レスラーたちに首を引っ張らせて牽引しなければ、歩くことすらできないほど首はボロボロでした。
それでも彼は自分のためにではなく、「プロレスをバカにされたくない」「待っている観客を裏切りたくない」という一心で「闘い」を続けました。
三沢さんは文字通り「命を賭けて限界を更新し続けた」稀有な表現者だったのです。
弱さを武器に変えて
「黒のカリスマ」蝶野正洋選手もまた、首の怪我という絶望的な限界に直面した一人です。1992年のG1制覇後、首の負傷が悪化。
「普通なら下半身不随の状態」という診断を受けます。正統派レスラーとしての肉体的な限界を感じた彼は、絶望に打ちひしがれるのではなく、「生き残り方」を根本から変える決断をしました。
動かない首を守るため、ハイスピードな攻防を捨て、ラフファイトと心理戦を主体とした「ヒール(悪役)」へと転向。nWo JAPANを率い、カリスマとして君臨しました。彼は「動けなくなった自分」を嘆くのではなく、その限界を「新しい自分を見つけるきっかけ」にしました。
肉体的なピークを過ぎても、知略と演出でトップを走り続けるという、レスラーの「寿命」の限界を突破したのです。
自分だけのモノサシ
翻って、プロレスファンはどうでしょうか。一番わかりやすい基準は「観戦数」かもしれません。しかし、それでは地方のファンは都会のファンに敵わなくなります。
最近でこそ地域密着型団体が増え、地方での「闘い」の数は増えていますが、一方で地方遠征を減らす団体もあり、誰もが納得する共通のモノサシは存在しません。
だからこそ、自分の熱量の「限界」も自分にしかわからないのです。
好きを貫く美学
他人の「好き」と比較はできませんが、自分の中でのランク付けはできるはずです。
「したくて、しなければならないこと」と「したくなくて、しなくてもいいこと」。どちらが大切かは自分自身が答えを持っているはずです。
私はプロレスの魅力を伝えたいと考えていますが、無理強いはしたくありません。なぜなら私とあなたの「好き」は違うからです。
もし、プロレスがあなたにとって末永く付き合いたいジャンルであるならば、私はその情熱を全力で応援します。
人生というリングにおいて、自分の限界を見極めつつ、そこからどう立ち上がるか。その答えは、いつもあなたの心という「闘い」の中にあります。
再生へと続くゴング
プロレスラーの「限界突破」とは、単に無理をすることではありません。
武藤選手が膝を壊して「閃光魔術」を生み出したように、小橋選手が絶望から「奇跡」を体現したように、限界に突き当たった時にこそ、それまでの自分を脱ぎ捨て、新しい輝きを放つチャンスが訪れるのです。
私たちの人生も、時には壁に突き当たり、もう一歩も進めないと思うことがあるかもしれません。
しかし、プロレスラーたちがリングで見せてくれるのは「限界のその先」にある景色です。「もうダメだ」と思ったその瞬間が、実はあなただけの「オリジナルな必殺技」を見つけるゴングの音かもしれません。倒れても、何度でも肩を上げる。
その不屈の精神こそが、人生というタフな「闘い」を勝ち抜くための、最大の武器になるはずです。
カウント2.9からの逆襲
限界というマットに沈みそうになった時、どうか思い出してください。その苦しみは、次なる大逆転の伏線に過ぎないということを。
自身のスタミナが切れたここからが真の「闘い」の始まりです。
さあ、大きく息を吸い込み、再び人生というリングのど真ん中へ立ち上がりましょう。
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