プロレス的音楽徒然草 HOT POINT(ジャパンプロレスのテーマ)
維新軍の新たな出発
今回は、1980年代のマット界を揺るがしたジャパンプロレスの団体テーマ曲「HOT POINT」をご紹介します。
ジャパンプロレスは、かつて新日本プロレスを席巻していた長州力選手率いる「昭和維新軍」が、新日本のリングを離脱した後に結成した組織です。
全日本プロレスを主戦場に選んだ彼らは、単なるユニットを超えた会社組織として産声をあげました。社長には長州力選手が就任しましたが、実務の舵取りは元・新日本プロレスの営業兼リングアナウンサーだった大塚直樹さんが担っていました。
団体象徴の調べとは
さて、この激動の時代にはUWFなどの新団体が次々と誕生していました。興味深いことに、当時の新日本や全日本といった既存のメジャー団体には存在しなかった「団体のテーマ曲」という概念が、これらの新興勢力には備わっていました。
通常、既存団体ではテレビ中継のオープニング曲がそのまま団体の顔となっていましたが、独自のアイデンティティを確立しようとする彼らにとって、専用の調べは不可欠な武器だったのです。
テレビなき闘いの音
本来、新日本や全日本、そして国際プロレスなどは、地上波放送のテーマ曲が実質的な団体テーマ曲の役割を果たしていました。
しかし、格闘プロレスを標榜しながらも固定のテレビ枠を持たなかった初期UWFや、全日本に参戦しつつも「独立独歩」の姿勢を崩さなかったジャパンプロレス勢には、自分たちの存在を証明するためのテーマ曲が必要だったと私は考えています。
この流れは、後に全日本へ乗り込むカルガリー・ハリケーンズの「ハリケーンズ・バム」というユニット曲の登場で、ひとつの頂点を迎えることになります。
パワーホールの壁
実はこの「HOT POINT」、当初は長州力選手の新しい入場テーマ曲として使用される予定があったと言われています。しかし、あまりにも強烈なインパクトを放つ名曲「パワーホール」の壁は高く、そのイメージを覆すまでには至りませんでした。
結果として、この曲はジャパンプロレスの副将格であった小林邦昭選手の入場シーンを彩る旋律として定着します。そのため、熱心なオールドファンの間では「HOT POINT=小林選手のテーマ」という認識が今なお根強く残っているのです。
深夜放送とプロレス
余談ですが、かつて人気を博した「山口良一のオールナイトニッポン」では、プロレスファンにとって堪らない演出がありました。
地方ネット局で関東ローカルのCMが流れない時間帯、バックに流れるBGMとして多くのプロレステーマ曲が採用されていたのです。山口良一さん自身が大のプロレス好きだったこともあり、深夜の電波に乗って流れる勇壮なメロディに胸を熱くし、テーマ曲の世界にのめり込んだファンも少なくありません。
執念の音源化に歓喜
当然「HOT POINT」もそのラインナップに含まれていましたが、長らく音源化には恵まれませんでした。2002年に待望のアルバム「J プロ格探偵団」が発売されるまで、CDで聴くことは叶わなかったのです。
このアルバムはジャンボ鶴田さんの「J」のオリジナル版や、ミル・マスカラス選手の「スカイ・ハイ(入場バージョン)」が目玉とされていました。
しかし、私のようなファンにとっては、そこにひっそりと、かつ力強く収録された「HOT POINT」との再会こそが、何よりの衝撃であり喜びでした。
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