プロレス的発想の転換のすすめ(31) 闘いの技術を継承せよ
極意を盗む真意
今回は「見て盗む」ことについてお話しします。
上達したければ教えてもらうのではなく「見て盗め」という言葉はよく耳にします。
しかし、これは教える側が手を抜いていいという意味ではありません。
あくまで教わる側の姿勢としてあるべき姿ではないかと私は考えます。
盗んだ先の境地
実は、盗むだけでは不十分ではないかとも最近は思い始めています。
盗んで自分のものにした上で、さらに「他者へ伝えられる」という段階まで習得して初めて、教えられたことが真に身についたといえるでしょう。
このような考えに至ったきっかけは、心理学にありました。
三人の天才を分析
今から40年近く前、アメリカ・カリフォルニア大学のリチャード・バンドラー博士とジョン・グリンダー博士が、セラピー分野で著名だった「3人の天才」の手法を分析・体系化して開発した「NLP」というセラピーがあります。
この天才たちは全く異なるアプローチをとりながら、それぞれが独創的で劇的な成果を出していました。
言葉にする超技術
NLPは、天才セラピストが使う言葉、非言語、コミュニケーション、無意識の活用法を科学的に分析し、汎用性のある方法論にまとめたものです。
カウンセリングは、プロレス以上にニュアンスや佇まいといった「非言語」の部分が重要視されます。ですが、その難易度が高い天才のアプローチさえ、やりようによっては体系化できるのです。
理論が拓く新時代
もはや盗んで覚えるだけでなく、自分のものにした上で伝えられなければ、ジャンルの繁栄はありません。
天才のDNAや経験則に頼らず理論化したことで、NLPは世界中で活用されています。プロレスもワールドワイドなジャンルですが、教え方は旧態依然とした部分が多々あります。
より多くの方に技術を伝えるためには、体系化と理論化は避けて通れない課題です。
革命的な技の保存
プロレス界の天才がその生命を終えたとき、その技術まで潰えてしまうのは大きな損失です。
藤原喜明選手がカール・ゴッチ選手から教わった技術を書き留めた「藤原ノート」はあまりにも有名ですが、こうした教えが後世に残ることは稀です。
プロレスの神髄や技術を「自分が習得する」だけでなく「他者に伝えられる(再現させる)段階」にまで高めるには、感覚的なものをどれだけ「他者の言語」に翻訳できるかが鍵となります。NLP(神経言語プログラミング)の視点とプロレスの特性を掛け合わせ、そのステップを具体的に提案します。
伝えるための工程
1. 「暗黙知」を「形式知」へ解体する
プロレスの技術には、受け身のタイミングや関節技の絶妙な角度など、言葉にしにくい「コツ(暗黙知)」が詰まっています。これを他者に伝えるには、まず自分の中で細かく分解する必要があります。
動作の最小単位化: 「ガッと投げる」ではなく、「左足の踏み込み位置」「相手の重心の移動」「自分の腰の回転角」といった具合に、動作を物理的な要素に分解します。
メタファー(比喩)の活用: NLPでも重視される手法です。「相手の腕を絞る」ではなく、「雑巾を絞り切るように」や「重い扉の鍵を回すように」といった、相手がイメージしやすい共通言語に置き換えます。
2. 「なぜ(Why)」という理論の裏付けを持つ
藤原喜明選手がカール・ゴッチ選手から学んだことは、単なる「形」ではなく「なぜそうなるのか」という理詰めの技術でした。
解剖学的・物理的な理解: 「この角度で曲げれば、構造上関節が外れる」「この位置に立てば、相手は力が出せない」という理論(ロジック)を自分の中に構築します。
「闘い」の文脈を教える: 単なる技術の形だけでなく、その技を「いつ、どのような心理状況で使うのが効果的か」という戦略面までをセットで体系化します。
3. モデリングのループ(試行錯誤の共有)
NLPの根幹である「モデリング(天才の行動を真似る)」を、教える側と教わる側の間で行います。
フィードバックの言語化: 相手が失敗したとき、単に「違う」と言うのではなく、「今の動きでは、重心が〇〇センチ右にズレていたから耐えられた」と具体的にフィードバックします。
「盗ませ方」をデザインする: 答えをすべて教えるのではなく、「ここまでは論理で教えるが、ここからは自分で感じろ」という、相手が自ら発見するための「余白」をあえて設計します。これが「見て盗む」という伝統的な良さと、現代的な理論化を融合させるポイントです。
感覚を理論へ変換
プロレスの技術をNLPの視点で分析することは、肉体的な「感覚」を、誰もが再現可能な「戦略」へと書き換える作業です。今回は、プロレスの基本でありながら奥が深い「アームロック(腕固め)」を例に、NLPのフレームワークを用いて言語化してみます。
NLPには「VAKモデル」という、人間の認識を視覚(Visual)、聴覚(Auditory)、身体感覚(Kinesthetic)に分類する考え方があります。
これを使って、天才が直感で行っている動作を分析します。
1. 身体感覚(Kinesthetic)の言語化:支点の最適化
「きつく絞める」という抽象的な表現を、物理的な圧力と触覚に分解します。
密着の質: 「相手の腕と自分の胸の間に、名刺一枚通さないほどの密着感があるか?」と確認します。
支点の感触: 「自分の手首の骨が、相手の肘の関節の『もっとも柔らかい部分』に食い込んでいる感覚」を言語化します。
作用点: 「力で引くのではなく、自分の体重を預けて相手の肩を床に沈める重圧感」を意識させます。
2. 視覚(Visual)の言語化:アライメントの確認
外側から見た「形」を、チェックリストとして視覚化します。
角度の視覚化: 「相手の肘の角度が、直角(90度)を維持しているか?」を目視で確認させます。
空間の把握: 「相手の肩とマットの間に隙間がないか、真上から見て影が消えている状態」を理想のビジュアルとして提示します。
3. モデリングによる「戦略」の抽出
天才選手が無意識に行っている「一連の流れ(ストラテジー)」をステップ化します。
ペーシング(同調): 相手の抵抗の強さに自分の力を合わせ、反発を消す。
アンカリング(固定): 相手が動こうとした瞬間に、特定の部位(膝や足)を使って相手の可動域をロックする。
ブリッジ(橋渡し): 相手の意識が腕に向いている隙に、自分の腰の位置をずらして最終的な極めの形へ移行する。
伝え方の比較一覧
表現
従来の教え方(見て盗め)
NLP的な伝え方(体系化)
力の入れ方
「もっとグイッと絞れ!」
「相手の親指を外側へ向け、自分のへそを相手の肘に近づけるように体重を乗せて」
タイミング
「隙を見て入れ!」
「相手が息を吐ききった瞬間、肩がわずかに上がったタイミングを狙って」
極め感
「折るつもりで行け!」
「自分の腕をテコ(支点・力点)として機能させ、相手の可動限界の1cm先を目指して」
譜面にする闘い
プロレスという「闘い」において、天才たちがリング上で奏でる即興の調べは、一見すると再現不可能な魔法のように見えます。
しかし、NLPというフィルターを通せば、その魔法も緻密な「譜面」として書き起こすことができます。
感覚を言葉にし、理論を肉体に落とし込む。この反復こそが、個人の技術をジャンルの財産へと昇華させます。
あなたが後輩に技を教えるとき、それは単なる技術指導ではなく、プロレスという壮大なサーガ(叙事詩)の「新しい一節」を書き加える行為なのです。
魂を繋ぐメインイベント
プロレスにおける技術の継承は、単なる情報の受け渡しではありません。それは、師が命を削って磨き上げた「闘いの魂」を、次世代の血肉へと変える儀式です。
自らの技術を体系化し、言語化することは、己の技術を客観的に見つめ直し、さらなる高みへと昇るトレーニングにもなります。
教えることは、二度学ぶこと。
あなたがその奥義を誰かに伝えたとき、リング上の歴史は途切れることなく、永遠にカウントダウンを拒み続けるのです。
魂のバトンを繋ぐ
マット界における「闘い」の系譜を途絶えさせてはなりません。
師の背中を見て盗んだ極意を、次世代が論理的に理解し、さらに研磨して昇華させる。その連鎖こそが、四角いジャングルという宇宙を永遠のものにするのです。
いつの日か、プロレスにおけるすべての秘術が体系化され、全人類がその「闘い」の真髄に触れる日が来ることを願ってやみません。
どんなに激しい「闘い」であっても、最後には必ずスリーカウント、あるいはギブアップという「結末」が訪れます。
しかし、言語化された技術というバトンがあれば、その「闘い」は終わることなく、次なるメインイベントへと引き継がれていくのです。
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