プロレス的発想の転換のすすめ (78) 進化する悪役の系譜
維新軍団の台頭
今回は悪役の変遷についてお話ししてみようと思います。
かつて、長州力選手が藤波辰爾選手に対して「俺はお前のかませ犬じゃない!」と抗争を仕掛けたことで、いわゆる「名勝負数え歌」と呼ばれる激しい闘いへと発展していきました。
判官贔屓の心理
この時、長州選手率いる「維新軍」は、正規軍に弓を引いたからといって、単純な悪役に転向したわけではありませんでした。
むしろ、日本人が持つ「判官贔屓(ほうがんびいき)」という心理に響いたのか、絶大な支持を集めました。
プロレスにおいて「正規軍に反旗を翻す」行為が、必ずしも悪役転向を意味しないという流れは、この昭和維新軍が発祥であると考えられます。
逆転する支配構造
判官贔屓の概念がない海外ではどうでしょうか。
90年代に一世を風靡した「nWo」がそれに近い存在かもしれません。
nWoは元々、WWEのライバル団体であるWCWから誕生したユニットです。
当時、月曜夜に壮絶な視聴率戦争を繰り広げていた両団体ですが、WWEが「アティチュード時代」に突入したことで力関係は激変します。
会社側こそが「悪」
アティチュード時代、WWEは徹底した悪ノリ、お色気満載の超過激さを売りにする路線へ切り替え、オーナーであるビンス・マクマホン氏とストーン・コールド・スティーブ・オースチン選手の抗争で人気を逆転させました。
本来「団体=正規軍」だった概念を「会社側=悪」へと書き換えた点は非常に興味深いポイントです。
nWoが「ファッショナブルヒール」という概念を生み出し、それをライバルであるWWEが定着させたといえるでしょう。
善悪の境界の消滅
現代のプロレスでは、反乱軍的なチームもnWo的なチームも存在しますが、大きな変化は「ベビーフェイス(善玉)側に絶対的な正義が存在しなくなった」点にあります。
現在、人気も実力も悪役側が総取りしている状況を分析すると、ベビーフェイス側は個々の人気は高くても、チームとしての魅力が不足している傾向にあります。
この混沌とした状況を象徴するのが、内藤哲也選手率いる「Los Ingobernables de Japón(L.I.J)」や「LOS TRANQUILOS de JAPON 」(L.T.J) です。
会社に楯突くカリスマ
L.I.JはnWoの流れを汲みつつ、会社側に楯突く姿勢を見せることで、nWoとアティチュード路線を融合させていました。
彼らが敵視するのは観客ではなく、会社やマッチメーカーです。
そのため、かつての悪役のように観客を襲撃することはありません。
むしろ内藤選手は、かつて自分にブーイングを浴びせた観客を「お客様」と呼び、その支持を後ろ盾に自己の正当性を主張しています。
感情のコントロール
当然、今でもアンチ内藤選手は存在しますが、彼はブーイングも声援もすべて自分の力に変えてしまいます。
すべての感情を自分がコントロールできているからこそ、今の「制御不能」なスタイルが成立しているのです。
一方で、悪役でありながら会社側の庇護を受けているように見えるユニットは、立ち位置が曖昧になり、ファンからの支持を得にくい状況にあります。
進化する悪役の象徴
2022年、グレート-O-カーン選手が泥酔者から女児を救出した際、キャラクターを貫きつつも被害者を気遣う完璧な対応を見せ、大きな話題となりました。
これもまた、新時代のヒール像といえるでしょう。
これからの時代、絶対的な正義の味方よりも、世の中の不平不満を代弁し、戦う理由を提示してくれるヒールサイドの人気は、ますます高まっていくに違いありません。
新時代の悪役とは?
現代における「新時代の悪役」とは、単なる悪行を働く者ではなく、個人のアイデンティティや「自分らしさ」を貫く存在です。
かつてのプロレスは、予定調和な勧善懲悪の物語でしたが、複雑化した現代社会の人間心理は、一方的な正義にリアリティを感じなくなっています。
抑圧された社会の中で、組織や体制にNOを突きつけ、かつファンへの敬意(あるいは独自の流儀)を忘れないヒールの姿に、人々は自己を投影し、熱狂するのです。
プロレスにおける悪役の進化は、まさに私たちが抱える「自由に生きたい」という心理的欲求の具現化なのかもしれません。
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