プロレス的発想の転換のすすめ(102)自己分析とプロレス
自己分析の重要性
今回は「自己分析とプロレス」というテーマでお話しします。
先日、ある方から「(私には)弱点なんてないんじゃないですか?」と聞かれました。
この一言をきっかけに、就職活動の面接のように自己分析を行い、自分自身の性格や人間性を改めて浮き彫りにしてみようと思い立ったのです。
強みを見つける
私の場合、「物事を継続できる」「趣味の守備範囲が広い」といった要素が自分を構成しています。
これらは明確な「強み」と言えるでしょう。
リングに立つレスラーが、自身のバックボーンや得意技を自覚するのと同様、まずは自分の手札を知ることが重要です。
弱点を見抜く目
一方で、弱みとしては「特技を収益化できない」「恋愛に疎い」といった点が思い浮かびました。
実はこの弱点、以前お会いした方にズバリ見抜かれた経験があります。
プロレスの闘いにおいても、対戦相手は常にこちらの隙を探しているものです。
付け焼刃の限界
一時期、私はこの弱点を克服し、強みに変えようと躍起になっていました。
しかし、長年向き合ってこなかった要素を、付け焼刃の努力で獲得するのは容易ではありません。
レスラーが急に慣れない空中殺法に挑んで自爆するようなもので、無理な補強はかえって脆さを露呈します。
強みへの集中
結局、私は弱点の克服を諦め、今ある強みをさらに強化することに決めました。確かに弱みはそのまま残っていますが、人間誰しも欠点はあるものです。自分の土俵でいかに闘いを成立させるか、そこに注力することにしました。
判断基準の確立
過去を振り返り、自分の価値観を知ったことで、何が大切で何を優先すべきかが明確になりました。
ここではじめて、自分なりの「判断基準」が定まったのです。
迷いがなくなった状態は、レスラーが自分の「キャラクター」を確立した瞬間に似ています。
弱みの見せ方
就職面接で必ず聞かれる「自身の強みと弱み」。強みはアピールしやすいですが、弱みはあまり見せたくないのが本音でしょう。
しかし、弱みを一切見せない無敵の存在よりも、どこかに人間臭い欠点があるほうが、観客(周囲の人々)は親近感を抱き、応援したくなるものです。
表裏一体の特性
実際、すべてを克服して強みに変えるのは不可能です。また、ある局面では強みとなる特性も、別の場面では弱点になり得ます。
例えば、私の「恋愛に疎い」という欠点は、裏を返せば「特定の分野に膨大な時間と知識を投資できた」という、普通の人には真似できない強みの裏返しでもありました。
己の特性を把握
大切なのは、自分の特性を客観的に把握しておくことです。
プロレスで言えば、レスラーの巨大な体躯はパワーの源ですが、マラソンには向いていません。
稀にマラソンに挑む猛者もいますが、スタミナはあっても、長距離特化型の選手に勝つのは至難の業です。特性には必ず二面性があることを理解するだけで、生き方は大きく変わります。
強みと弱みの二面性
心理学において、人の性質は「光と影」のように表裏一体です。
この「二面性」の究極の事例が、日本プロレス界の象徴であるジャイアント馬場さんとアントニオ猪木さんの対照的な在り方です。
馬場さんは、その巨大な体格という「強み」を活かし、王道のプロレスを築きました。しかし、その身体の大きさは同時に、私生活での不自由や健康リスクという「弱み」でもありました。
馬場さんはその弱さを静かに受け入れ、動かざる山のような安定感を「品格」へと昇華させました。
一方、猪木さんは常に「危うさ」を抱えていました。
飽きっぽく、次々と新しい事業や過激な仕掛けに手を出す危うさは、周囲を翻弄する「弱み」でもありましたが、それが同時に「何をしでかすかわからない」という唯一無二の魅力(強み)となり、大衆を熱狂させたのです。
葛藤のプロセス
1987年の「巌流島の決闘」という前代未聞の闘いも、猪木さんの過剰な自己表現欲求という弱さが生んだ奇跡でした。強すぎるこだわりが自分を追い詰めることもあれば、弱点そのものが最大の武器になることもあるのです。
人間もプロレスも、弱さを消し去るのではなく、その弱さとどう向き合い、どう闘いの中で表現していくか。その葛藤のプロセスこそが、人々の魂を揺さぶる最高の自己分析になるのではないでしょうか。
にほんブログ村

