プロレス的音楽徒然草Phenomenal(AJスタイルズのテーマ)
魂を刻む旋律
今回は、伝説のレスラーであるAJスタイルズ選手が現役晩年に魂を込めて使用していた入場テーマ曲「Phenomenal」を中心に、彼の「闘い」の歴史を彩った全16曲の旋律を紐解きます。
1977年6月2日に産声を上げたAJ選手は、まさに「プロレスの神」に愛された男でした。
TNAでの飛躍
AJ選手は、1998年にNCWでデビューを飾ると、2002年にはTNA(現インパクト・レスリング)へと戦場を移します。
そこではTNA世界ヘビー級王座を2度、NWA世界ヘビー級王座を3度戴冠。さらに初代王者を含む6度のXディビジョン王座に輝き、団体史上初のグランドスラムという金字塔を打ち立てたのです。
デイル氏の名曲
AJ選手のキャリアを語る上で欠かせないのが、TNA時代に長年愛された名曲群です。初期に使用された「Born & Raised」や、自身のルーツを歌った「I Am」は、彼の代名詞となりました。
観客を魅了する
「You are, you are, I am, I am…」という力強いフレーズは、今もファンの耳に焼き付いています。さらに、人気ラップグループGRITSとコラボした「Get Ready to Fly」では、曲の開始とともに空を飛ぶような華麗なムーブで観客を魅了しました。
進化を歌に乗せ
この時期には、バージョン違いの「I Am (V2/V3)」や、リミックス版の「I Am (Prince of Phenomenal)」など、細かなアレンジを含め、常に自らの進化を音楽に投影させていました。順風満帆に見えたキャリアですが、ときにはダークな「事件」を予感させる選曲もありました。
変貌を遂げた姿
2013年、これまでの善玉イメージを覆すべく投入されたのがブルース・サラセーノの「Evil Ways (Justice Mix)」です。黒いコートを身にまとい、寡黙な一匹狼へと変貌を遂げた姿は、ファンの度肝を抜きました。
泥臭い闘いの詩
その後、新天地を求めてROHに再参戦した際には、重厚なメタルサウンドが印象的な「Demi-Gods」や、インディー時代の名残を感じさせる「Touched」を使用。どの曲も、彼が歩んできた泥臭い「闘い」の歴史を物語る、魂の叫びそのものでした。
世界を渡り歩く
TNA所属時代、AJ選手は非独占的契約というスタイルを活かし、世界中のリングを渡り歩きました。デラウェア州のECWA、英国のFWA、そして後に全米第3の勢力となるROHなど、彼の行くところ常に熱狂が巻き起こります。2003年には待望の初来日を果たしZERO-ONEに参戦。2008年からは新日本プロレスのマットにも登場しました。
日本での地殻変動
2014年、新日本プロレスへの再上陸は、日本のマット界に巨大な地殻変動を起こしました。
バレットクラブのリーダーとして君臨した際は、北村陽之助氏作曲の「Styles Clash」を背負って入場しています。不穏な電子音から始まるこの曲は、まさに強者の余裕と冷徹さを体現していました。
歴史的瞬間
さらにオカダ・カズチカ選手を破りIWGPヘビー級王座を強奪した瞬間は、私も生で目撃しましたが、まさに歴史的「事件」でした。新日本での活動期間は2年弱と短かったものの、その超絶的なリングスキルと圧倒的なテーマ曲のインパクトは、日本のファンに深い爪痕を残しました。
WWE電撃移籍
NJPWを離れ、2016年、世界最大の団体WWEへと電撃移籍したAJ選手は、ロイヤルランブルの「3番目」で登場します。その時に流れた「Phenomenal」のイントロが響いた瞬間、会場は震源地のような揺れに包まれました。その後WWEでも類まれな才能を発揮し、2021年にはWWEでもグランドスラムを達成。その輝かしいキャリアの大半を支えたのが、入場テーマ曲「Phenomenal」でした。
南部とラップ融合
CFO$が手掛けたこの曲は、実は別の選手(NXT時代のジェームス・ストーム選手)のために用意されていたものでしたが、AJ選手の要望を反映して「南部のカントリーとヒップホップを融合させた傑作」へと生まれ変わったのです。
時代の変遷と音楽
この曲を手掛けたのは、かつてWWEの音楽シーンを席巻したクリエイター集団「CFO$(ジョン・アリカストロ、マイク・ラウリー)」です。彼らは「The Night」など数々の名曲を世に送り出しましたが、現在はWWEとの契約を終了しています。2026年現在、WWEは新たな音楽制作グループ「def rebel」を起用しており、CFO$時代の楽曲はリミックスや新曲への差し替えが進んでいます。
ヒールへの計算
AJ選手のテーマ曲も例に漏れず、一時期は新曲「They Don’t Want None」へと変更されました。しかし、この新曲はファンの間での評判が芳しくなく、「Phenomenal」の復活を熱望する声が殺到しました。実は、このブーイングこそがAJ選手の狙い通りだったのです。彼は後のインタビューでこう明かしています。「誰もが愛するあの曲を変えれば、ファンは俺を嫌ってくれるだろうと思った。俺は完璧なヒール(嫌われ役)になりたかったんだ。すべては計算通りだよ」と。
割れんばかりの声
しかし、2025年の「ロイヤルランブル」で、怪我から復帰したAJ選手の耳に届いたのは、お馴染みの「Phenomenal」のイントロでした。これには詰めかけたユニバース(ファン)も割れんばかりの大歓声で応えます。曲を戻した理由について、AJ選手は「ベビーフェイス(善玉)に戻ったからね」と爽やかに語りました。
無言の抗議と愛着
こうした音楽の選択はAJ選手の独断だったと言われていますが、同時期に他のスーパースターたちもCFO$時代の曲に戻す動きが加速しました。これは結果として、現在の制作体制に対する選手やファンからの「無言の抗議」を裏付けるような形となりました。「Phenomenal」に強い愛着を見せたAJ選手ですが、実はその長いキャリアの中で判明しているだけでも計16回も入場曲を変更しています。
衝撃のデビュー戦
私は、TNA時代の「I Am」や新日本時代の「Styles Clash」も好きなのですが、WWEデビュー戦でこの曲が流れた瞬間の衝撃は、他のすべてを凌駕するほど鮮烈でした。まさに「驚異的な(フェノメナール)」男の代名詞となったのです。
燃え尽きた最期
AJ選手の長い旅路は、2026年1月31日、サウジアラビアで開催された「ロイヤルランブル」での死闘をもって幕を閉じました。現役最強の怪物グンター選手を相手にした「負けたら即引退マッチ」。最後は失神KO負けという壮絶な幕切れでしたが、それはまさに「燃え尽きた」最期でした。
伝説への継承
その後、2月23日に故郷に近いジョージア州アトランタで開催されたRAWは「トリビュート・トゥ・AJスタイルズ」と銘打たれました。万雷の「サンキュー、AJ!」チャントの中、彼は自らのグローブを外し、リング中央のジャケットの上に静かに置きました。
殿堂入りの鐘の音
セレモニーの最中、会場に重厚な鐘の音が響き渡りました。現れたのは、かつてAJ選手と「レッスルマニア36」で墓掘り人(ボーンヤード)マッチを戦った伝説、ジ・アンダーテイカー選手でした。「AJ、俺はお前を誇りに思う。お前が2026年度のWWE殿堂入りメンバーだ!」という言葉が贈られ、会場のボルテージは最高潮に達しました。
紡がれた叙事詩
TNAでの飛翔、新日本での活躍、そしてWWEでの絶対的地位の確立。全16曲のバトンを繋いできたAJスタイルズの足跡は、もはや一つの叙事詩です。プロレス界で最も重要な一人であり、史上最高のレスラーと称えられたAJスタイルズ選手。彼がリングを去った後も、「Phenomenal」をはじめとする16の旋律を聴くたびに、私たちはあの驚異的な「闘い」の日々を鮮烈に思い出すことでしょう。
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