プロレス的音楽徒然草「J」
四つの名曲と怪物
今回はジャンボ鶴田選手のテーマ曲「J」のご紹介です。鶴田選手のテーマ曲は、「チャイニーズカンフー」「TTバックドロップ」「ローリングドリーマー」「J」と四つ存在します。
いずれも甲乙つけがたい名曲ですが、やはりその強さを覚醒させた時代の「J」は、いつか取り上げたいと思っていました。
「J」には入場用とレコード版の二種類があり、現在はCD等で比較的容易に聴くことができます。
覚醒した最強の怪物
ジャンボ鶴田=最強という評価は、天龍源一郎選手との壮絶な死闘、そして三沢光晴選手率いる超世代軍との抗争で覚醒した「怪物」と呼ばれる強さが根底にあります。
格闘技的な次元を超え、スタミナ、体格、スケール感を含めて「この人には勝てない」と思わせる圧倒的なたたかいを体現していたのが、全盛期の鶴田選手でした。
才能を超える努力
天龍革命以前から「最強説」はありました。
鶴田選手はプロレス入りする前に、オリンピックのアマレス代表選手になっているのは有名な話ですが、一説によると、それまでバスケット選手だった鶴田選手が、一週間練習しただけで、アマレス五輪代表になったという逸話すらあったほどです。
ところが意外にも若き日のジャイアント馬場戦(当時鶴田選手22歳、馬場選手32歳)の映像では、涼しい顔の馬場選手に対し、肩で息をする鶴田選手の姿を映像で見ることが出来ます。
しかし後年、長州力選手と60分フルタイムを完走した直後にスクワットをこなしたエピソードは、長州選手本人も「かなわなかった」と認めるほどです。スタミナの怪物へと進化した背景には、才能に甘んじないプロレスの奥深さと、己の不足を埋める凄まじい努力があったと言えるでしょう。
継承の難しさと光
プロレス界には後世に引き継がれたテーマ曲がいくつかありますが、オリジナルを超えるケースは稀です。成功例は、ブルーザー・ブロディ選手の「移民の歌」を継承し、自身のキャラクターへと昇華させた真壁刀義選手くらいでしょうか。
真壁選手のケースは、ブロディのギミックを上手く取り込んだ上で暴走キングコングという新しいキャラクターに昇華させています。
これは単に先代のモノマネではなく、真壁選手自身がクレバーな人だからこそなし得た成果ではないか、と私は思っています。
一方で、父・橋本真也選手の「爆勝宣言」「闘魂伝承」を受け継いだ時の橋本大地選手や、鶴田選手から「J」を継承した森嶋猛選手の例を見ても、先代のイメージがあまりに強すぎる場合、受け継ぐ側に大きな重圧がかかります。
名曲Jが持つ魔力
特に「J」は、鶴龍対決から超世代軍との抗争という、鶴田選手が最も輝いていた「最強時代」の象徴です。あの時代の記憶が染みついた曲は、誰が使っても違和感が生じてしまいます。むしろ、安易な継承は選手にとって酷なことかもしれません。
ノア時代の中嶋勝彦選手が、師匠の佐々木健介選手の入場テーマだった「POWER」を使用していましたが、これは、健介選手が「POWER」を使用した期間が短かったため、先代の手垢がついてない状態で継承できた稀有な例でしょう。
「POWER」のオリジナルについては、出来上がった直後に健介選手が負傷し、1年近く欠場。その後復帰してしばらくしてテーマ曲を「テイク・ザ・ドリーム」に変更したため、あまり使われていないという経緯もあります。
先代のイメージを踏襲しつつ
アメリカのWWEでは、ヒットマン・ブレッドハートの姪であるナタリアが、「ヒットマン」のイントロを使用したテーマ曲を使用していますし、また、リックフレアーの実娘シャーロット・フレアーの入場テーマには、父リックのアメリカでの入場テーマ曲「ツァラトゥストラはかく語りき」を上手くミックスして使っています。
先代のイメージを踏襲しつつ、オリジナリティを出すという点では、WWEの演出は二歩も三歩も先に行っているといっていいでしょう。
しかし、これは広く版権を抑えているWWEならでは、ということも言えるでしょう。潤沢な資金力もありますし、やはりエンターテインメントでは日本はまだまだ足元にも及ばないのかもしれません。
永遠に響く調べ
それでももし、鶴田さんの曲で後進の選手に使ってもらいたい曲を選べ、と言われたら、私は個人的には「TTバックドロップ」を推したいと思います。
TTとは本名の鶴田友美のイニシャルですし、バックドロップ自体は普遍のプロレス技として、後々にも使い手が現れる可能性があるからです。「TTバックドロップ」は、鶴田さん自身が使った期間も短いですし、もし「どうしても」というならば、少なくとも「J」よりはマシだと思うのです。
「J」は間違いなく、日本プロレス史に燦然と輝く、たたかいの記憶を呼び覚ます名曲です。

