プロレス的発想の転換のすすめ(85)介護とプロレスの絆
万人に訪れる転機
今回は、介護とプロレス観戦についてお話しします。
介護は、親が健在である限り、いずれほぼすべての人に訪れるものです。
私の周囲では、介護に深く関わっている人はそう多くはなかったように思います。
介護の伝道師として
ですから、私がその「伝道師」としての役割を担ってきました。
実際に介護を経験してみると、働く時間すら確保するのが困難になるのが実情です。
働きたくても、時間的にも精神的にも余裕が完全になくなってしまうのです。
予測不能な日常の嵐
365日24時間、いつ何時、何が起こるかわからない状態で働き続けるのは、非常に過酷なことです。
実際、私自身が入院している最中に、救急隊から「お母様が道で倒れ、救急車で運ばれました」という電話を受けたこともあります。
過酷な状況を凌ぐ力
その場では私個人はどうすることもできませんでしたが、ケアマネさんや遠方に住む妹に連絡を取ってもらい、なんとかその場を凌ぎました。
このように、一人で二人の親の面倒を見るというケースもあり、介護の現場はまさに「闘い」そのものでした。
介護の先にある希望
こうした状況に陥ると、仕事どころではなくなります。こうなるとプロレス観戦どころではありません。
ただ、介護にはいつか必ず終わりが来ます。
親の病状に応じて施設への入居が決まるなどすれば、自分の中に余裕が生まれ、再び仕事に向き合う時間が作れます。私もそうでしたからね。
帰る場所がある安心
改めて働ける場所があるという確信があれば、安心して目の前の介護という「闘い」にも邁進できます。
しかし、現状は必ずしもそうではありません。これは非常に辛いことです。
ただ、プロレスの大会は、私が見に行こうが行くまいが、常に開催され続けています。
プロレスが繋ぐ未来
それは裏を返せば、プロレスファンとして「いつでも帰れる場所がある」ということです。
やむを得ず観戦から離れざるを得なくなっても、プロレスという文化が消えてなくなることはありません。
後悔を力に変える今
もちろん、介護のために見逃してしまった数々の大会について、今でも後悔がまったくないわけではありません。
ですが、過ぎ去った時は元には戻せません。それならば、これからの時間をいかに後悔せずに過ごせるかが鍵になります。
今この瞬間、自分が立っている「現在」をより良いものにしなければ、その先の未来には繋がらないからです。
リングを見つめる現在
プロレスラーがカウント2.9で肩を上げるように、私たちはどれほど過酷な状況に追い込まれても、次のゴングが鳴るまで「現在」というリングに立ち続けなければなりません。
介護という孤独な「闘い」の最中にあっても、私の心には常にプロレスの熱い魂が流れていました。
当時の苦しみは、いつか大歓声の中でメインイベントを観戦するための「前哨戦」に過ぎないと考えてきました。
心理的な限界を超えた先にこそ、真の勝利が待っていると信じ、私は今日もこの現在を全力で生き抜いています。
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