プロレス的発想の転換のすすめ(96) トレーニングとプロレス
プロレスファンならば
今回はトレーニングとプロレスの話をします。
プロレスファンならば一度はプロレスラーのトレーニングに憧れるのはある種当然です。もちろん私も例外ではありません。
自己流で考えた結果
しかし、営業マンをやっていた時代は特に、仕事しながら運動するということが時間的にも難しかったこともありました。
そこで、時間と時間の合間にできる運動を自己流で考えた結果、スクワット200回、腕立て200回、腹筋200回を毎日休みなく課すということをはじめました。
一年後には
とはいえ、実際に最初からできたのかといわれたら、実はそんなことは全くなくて、25歳までどれも一回もできなかったのです。
しかし、当時太りすぎでこっぴどくフラれた反動から、一年後にはどれも普通にできるようになっていました。
誰からも認めてもらえない
ところが、このメニューをできるようになっても結局誰からも認めてももらえないし、できるからといってモテるようになったわけでもありませんでした。
当たり前ですよね。今なら他人がどう評価するかより、まず自分が自分を認めることが大切だということはわかりますが、当時はそういう発想にすらいたりませんでした。
再び太って
おまけに自己流のトレーニングがたたって、どんどん身体が悪くなっていきました。
結果的にはトレーニングすらできなくなり、クスリの副作用もあって、私は再び太ってしまいました。
固定観念に
今でこそ自分を大事にすることができるようになりつつありますが、当時は「(トレーニングの)回数をこなすことこそ、今の自分が変わることのできる唯一の方法なのだ」という固定観念にとらわれていました。
ですから身体が痛もうがきしもうがとにかくやり続けました。
負荷をかけ続け
おかしなもので、どんな苦しいことでも続けられる才能がある私は、ひたすら負荷をかけ続けてついには寝たきりになってしまいました。
とりあえず何事もやりすぎてしまう私は、自分で自分を緩めていかないと、しめるばかりではまた自分を追い込んでしまいます。
人生にも緩急が必要
時に緩め、時に締めて、バランスをとりながら、最終的に自分の生きやすい生き方にたどり着く。それが今の目標です。
意地の張り合いはプロレスの醍醐味の一つですが、そればかりでは試合も一本調子になってしまいます。
プロレスにも緩急が必要なように、人生やトレーニングにも緩急は必要だな、と私は最近特に思っているのです。