プロレス想い出回想録 ブルースブロディ氏との奇妙な縁④彷徨える旅人
密航の時代
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90年代初頭は、まだ日本にローカル団体の概念が根付いていなかった。
また、プロレスマスコミが盛んに密航もしくは遠征を喧伝しており、それに乗っかった、主に地方のプロレスファンが、盛んに都会へ出向き、プロレス観戦に赴いていた。
都会→地方のパターン
では、都会のプロレスファンが地方に出向く事があったのか?というとそれは稀だった。
私が記憶する限り、地方に都会民が大挙して遠征したのは、1993年より始まった「レスリングどんたくIN福岡ドーム」からではないか、と思う。
東京でも実現していなかったグレート・ムタ対ハルク・ホーガンなどの豪華カードが組まれた事により、福岡までやってきた会員の数の多さには圧倒された想い出がある。
日本全国を
ただ、おそらくそれ以前から、ブルースブロディ氏は、都会・田舎を問わずあちこちの街を、大好きなラーメンを食べ歩きながら巡っていたのかもしれない。
後年SNSが出現してきてから、彼の足跡が多数の人間に知られることになるのだが、おそらく行ってない土地はないんじゃないか?というくらい日本全国を回って食べ歩いていた。
はじめて関東から来た
そんな彼だから、辺境の地である下関にもよく来ていた。
96年5月27日に大日本プロレスの下関市体育館大会「96’大日本戦記~激乱~」を、一緒に観戦したこともある。
多分私がプレッシャーに入ってはじめて関東から下関に足を運んできたのが、彼だったのではないだろうか。
旅人らしい酔狂
ブルースブロディ氏の住んでいた千葉からなら、大日本など近場の東京にいけば、いくらでも見られたはずだろう。
にも関わらず、カードも知らないで、たまたま道すがらの大会を観戦していく、というのは、いかにも旅人らしい酔狂ぶりだったな、と今になって思うのである。
アクシデント
その大日本プロレスの下関大会だが、一つだけ忘れられない試合がある。それは、FMWなどで名を挙げたサブゥーと、アクエリアスという謎のマスクマンとのシングルマッチが組まれたセミファイナルだった。
試合開始前、サブゥーが勢いよく入場してきた時に、ちょっとしたアクシデントがおきたのである。