プロレス的音楽徒然草 ザ・ファイト
スタローンの名作
今回はシルベスター・スタローン主演の映画『オーバー・ザ・トップ』のサントラ盤より、「ザ・ファイト」をご紹介します。
この映画は放浪のコンボイトラッカー、リンカーン・ホークがかねてから熱望していた世界アームレスリング選手権への出場を決め、息子への思いをぶつけるように、世界の強豪たちと死闘を繰り広げる物語です。
プロレスとの親和性
私の記憶ではスタローンはプロレスラー役を演じてはいないはずなのですが、スタローン主演作品のサントラはプロレスラーの入場テーマには親和性が高いようで、『ロッキー4』のサントラ盤などは、ほぼプロレスラーの入場テーマ曲集にもなっています。
有名な「ロッキーのテーマ」も、もちろん入場曲として使われています。この『オーバー・ザ・トップ』からは、「Winner Takes It All」がスコット・ノートン選手のテーマに、表題の「ザ・ファイト」は「獄門鬼」マサ斎藤選手のテーマに使用されています。
ディスコの父の軌跡
『オーバー・ザ・トップ』の音楽を担当しているのは、イタリアの音楽プロデューサー・作曲家・シンセサイザー奏者、歌手で、「ディスコの父」と呼ばれているジョルジオ・モロダーさんです。
1963年には歌手として数枚のシングルを発表し、デビュー。1970年代からモーグ・シンセサイザーなどのシンセサイザーを使用した演奏・楽曲作りを始めています。
シンセが変えた音楽
伝統的には生楽器と電気楽器で作られてきたディスコ・ミュージック界へのシンセサイザーの導入は、後のダンス・ミュージック全般に大きな影響を与えたため「ディスコの父」と呼ばれているそうです。
映画のサントラでは『アメリカン・ジゴロ』、『ミッドナイト・エクスプレス』、『スカーフェイス』、『フラッシュダンス』、『ネバーエンディング・ストーリー』、『トップガン』、『オーバー・ザ・トップ』などを担当し、高い評価を得ています。『フラッシュダンス』で1983年の、『トップガン』で1986年のアカデミー歌曲賞を受賞しています。
獄門鬼とAWAの絆
マサ斎藤選手といえば、昭和39年の東京五輪アマレス代表にして、日本人2人目のAWA世界ヘビー級チャンピオン(第37代)でもあります。
このAWA世界王座は、初代のパット・オコーナーにはじまり、バーン・ガニア、ニック・ボックウィンクルといったそうそうたる面々が名を連ねていて、現役選手でも歴代王者に対しての信奉者が多いことで知られています。ちなみに日本人では、ジャンボ鶴田選手が第30代王者として初戴冠しています。
恐れ多いテーマ曲
AWA王者の信奉者であるDDTの高梨将弘選手は、「マサ高梨」時代に、テーマ曲としてマサ斎藤さんと同じ「ザ・ファイト」を使わないかと打診された際、「恐れ多い」と一度は断っています。
しかし、結果的には「カバーなら」ということで、新日本プロレス『超戦士の闘争』に収録されているカバー版を使用することになったのです。プロレステーマ曲集には著作権の関係で、かつてはオリジナル版が収録されることのほうが稀でした。
カバー版の存在意義
したがって、この場合のカバーは若干「(オリジナルに及ばない)代用品」の意味合いもあったりします。結果的にカバー版の「ザ・ファイト」が、マサ高梨選手のテーマ曲となったのでした。
カバーと原曲の両方が入場テーマとして使われた例は、ニック・ボックウィンクル選手の「プロレス・イン・ハワイ」がありますが、これは原曲が入手困難なため、カバーが使用された(カバー版はYUJI KITO選手がW-1時代に使用)のではないかと思われます。
名曲が繋ぐスポーツ
ただ、「ザ・ファイト」のように今でも比較的入手可能な楽曲で、こうしたケースは珍しいのではないでしょうか。余談ですが、この『オーバー・ザ・トップ』のサントラには、F1中継のエンディング曲にも使用された「In This Country」も収録されています。
プロレスだけでなく、他スポーツでもこうした使われ方をしているというのもまた面白いですね。
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