【プロレスブログ】 プロレス的発想の転換のすすめ(27) 必殺技が紡ぐ魂の闘い

【プロレスブログ】プロレス的発想の転換のすすめ(27) 必殺技が紡ぐ魂の闘い

至高の必殺技 

実はプロレスには、かなりの部分で「失われた技術」が存在します。現在は空中戦が主体となっており、派手に飛べばある程度会場が沸くため、観客の反応に迎合しているレスラーが軽量級だけでなく重量級にも数多く見受けられます。

プロレスラーの魅力として、ずば抜けた身体能力は欠かせない要素であるため、私も空中戦を否定はしません。

ところが、実は飛び技を除いたプロレスの基本技だけでも、軽く70種類は存在します。しかも、その一つひとつを極めれば、どれもフィニッシュホールド(必殺技)になり得るのです。

蛇の穴の究極理論

プロレスの歴史を紐解くと、イギリスの炭鉱町ウィガンに存在した「ビリー・ライレージム」、通称「蛇の穴」に突き当たります。

ここで受け継がれてきたランカシャーレスリング(キャッチ・アズ・キャッチ・キャン)こそ、現代プロレスが失いつつある「地味だが理にかなった技術」の宝庫です。

なぜ、ランカシャーの技術は派手な空中戦よりも観客の心を震わせるのでしょうか。

そこには、人間の生理的・心理的限界を突く究極のロジックが隠されています。

ランカシャーレスリングの真髄は、相手の自由を奪い、じわじわと逃げ場をなくしていくプロセスにあります。

派手な投げ技は一瞬の衝撃を与えますが、緻密なグラウンドレスリングは相手に「どうあがいても逃げられない」という心理的絶望を与えます。

例えば、単なる「腕固め」であっても、ランカシャーの技術では指の先から手首の角度、肘の支点までをミリ単位で制御します。

観客は派手な動きがない分、リング上の静寂と、技をかけられている選手の苦悶の表情に集中せざるを得ません。

この「静」から「動」への緊張感の増幅こそが、地味な技を必殺技へと昇華させる舞台装置となります。

必殺技へ繋がる布石

ランカシャー出身の代表的なレスラーであるビル・ロビンソンさんは、地味な首投げやリストロックを、一瞬にしてフィニッシュへと繋げる名人でした。

彼らが使う技は、単発では地味に見えますが、それらはすべて「布石」です。

崩し: 手首を捻り、相手の意識を腕に集中させる。

誘い: 相手が腕を抜こうとする反射を利用する。

極め: 無防備になった首や足に、全体重を乗せた関節技を叩き込む。

この「点」と「点」が繋がり、一本の「必殺の線」になった瞬間、観客はカタルシスを覚えます。

「なぜその技が決まったのか」という物語が、技の背後に透けて見えるからです。

現代へ継承される命

現代において、このランカシャーの哲学を最も色濃く継承している一人が、ザック・セイバー・ジュニア選手でしょう。

ザック選手が繰り出す、一見すると何の変哲もない「サイドヘッドロック」や「アームバー」。そこには相手をコントロールし、逃がさないという確固たる「殺気」が宿っています。

この殺気こそが、人間心理に「これは本物の闘いだ」と認識させるスイッチなのです。

日英の技術が交わる点

ザック・セイバー・ジュニア選手は、単に「イギリスの技を使う外国人レスラー」ではありません。

彼は日本のプロレスの歴史を深く愛し、その精神性を自身のフィルターを通して再構築しています。彼にとっての「ストロングスタイル」と「王道」の解釈は、非常に論理的かつ機能的です。

ストロングスタイルへの解釈

新日本プロレスの象徴である「ストロングスタイル」に対し、ザック選手はそれを「格闘技としてのリアリティと、相手を仕留めるための冷徹な合理性」と解釈している節があります。

かつてのアントニオ猪木さんが提唱した「いつ何時、誰の挑戦でも受ける」という殺気。

ザック選手はそれを、複雑なサブミッションの連鎖(チェーンレスリング)で表現します。

彼にとってのストロングスタイルとは、単に激しく殴り合うことではなく、「相手の逃げ道を物理的に一つずつ潰し、最後には屈服せざるを得ない状況に追い込むプロセス」そのものです。

これは、相手の肉体だけでなく精神をも支配しようとする、極めて知的なストロングスタイルと言えるでしょう。

王道スタイルへの解釈

一方で、全日本プロレスの流れを汲む「王道」スタイル。

三沢光晴さんたちが受け継ぎ、師である小川良成選手が磨いてきたこのスタイルを、ザック選手は「不屈の精神と、技の積み重ねによる物語性」として捉えています。

王道プロレスの真髄は、相手の技を真っ向から受けきった上で、なお立ち上がる強さにあります。

ザック選手は細身の体躯でありながら、相手の強烈な打撃を「受け流す」のではなく、あえて「最小限のダメージで耐え、その瞬間にカウンターの関節技を仕掛ける」という手法をとります。

これは、王道の持つ「受けの美学」を、キャッチ・アズ・キャッチ・キャンの「転換の技術」で翻訳しているかのようです。

必殺技と人間心理の相関

ザック選手の必殺技、例えば「オリエンテーリング・ウィズ・ナパーム・デス」などは、視覚的に非常に複雑です。

ここには、観客の「理解を越えたものへの畏怖」という心理が巧みに利用されています。

予測不能な展開: 次にどの関節が狙われるか分からない不安感。

身体の不自由さ: 指一本、足首一つを固定されることで、全身が動かなくなる恐怖。

カタルシス: 複雑に絡み合った状態から、一瞬で「一本」が取られる驚き。

観客は、ザック選手の闘いを通じて、「力」が「技」に屈する瞬間の快感を味わいます。

これは、小よく大を制するという、日本人が古来より好む武道の精神性にも合致しています。

ザック選手にとって、日本のプロレススタイルは「学ぶべき過去」ではなく、「進化させるべき素材」です。

彼はランカシャーレスリングの「地味な技術」を、日本の「熱い精神性」でコーティングし、現代的なエンターテインメントへと昇華させました。

彼がリングで見せる不敵な笑みは、自らの技術が相手の精神(王道)と肉体(ストロングスタイル)の両方を支配しているという確信から来るものです。

この日英融合のハイブリッドな闘いこそが、これからのプロレス界における「新しい正解」の一つになるのかもしれません。

技を昇華させる精神

さらにもう一例を挙げれば、故・三沢光晴さんがジャンボ鶴田さんからシングル初勝利を挙げた「フェイスロック」などはその典型でしょう。

それまで単なる「繋ぎ技」としか見られていなかったフェイスロックを、一躍必殺技にまで昇華させた功績は非常に大きいと言えます。

また、古くはUWFが、道場の技術として伝えられていた「地味だが真に効く技」の数々を実際の闘いで使用し、場内に緊迫した空気を作り出しました。こうした技術は以前、「人前で披露するものではない」という考えが一般的でした。

お笑いの世界で「楽屋では爆笑をかっさらうのに、本番では振るわない芸人さん」がいるように、道場だけで強くても、本番の闘いでプロレスができなければ意味がない、と当時の関係者は解釈していたのでしょう。

選手の矜持と心理

オリンピックなどを経てプロ入りした選手の中には、「強さを示す技術なら、既に世界の舞台で見せてきた。プロでは違う表現をしたい」という葛藤を持つ方も少なからずいたようです。

一方で、UWFを経て総合格闘技が成熟した結果、プロ入り後もアマチュア時代のスタイルを継続する選手が増えました。

例えば、新日本プロレスの永田裕志さんは、ごく稀にアマチュア時代の匂いを漂わせますが、基本的にはプロ入り後に身につけたスキルで闘いを構成しています。

永田さんは一時期総合格闘技にも進出しましたが、プロレスのリングにいる今のほうが生き生きして見えます。

おそらく、総合進出は本意ではなかったのかもしれません。

このように、アマチュアの技術をそのまま披露したい選手と、プロのスキルで勝負したい選手が確実に存在します。

信頼と期待の象徴

ここで、必殺技が観客の心理に与える影響を考えてみましょう。

プロレスにおける必殺技とは、レスラーと観客の間で築かれる「信頼と期待の象徴」です。

人間心理には「反復による安心」と「予想を裏切る驚き」の両方を求める性質があります。

三沢さんのフェイスロックが心を打ったのは、誰もが「決着には至らない」と思っていた地味な技で、絶対王者の鶴田さんをギブアップさせたという「常識の破壊」があったからです。

闘いの深淵にある真実

時代の変遷と共に防御技術も向上し、昔ならフィニッシュになり得た技が、現在は繋ぎ技でしか使われないという側面もあります。

しかし、極めればどんな技も必殺技になる奥深さがプロレスにはあります。

三沢さんが亡くなり、使い手がいなくなると、フェイスロックは再び繋ぎ技へと格下げされました。確かに技には流行り廃りがあります。

しかし、やはりプロレスの凄みは、一見すると地味に映り、観客に迎合しない技にこそ宿る気がします。

派手な飛び技が「感嘆」を誘うものなら、ランカシャーの理にかなった地味な技は「感銘」を呼び起こします。

人間の関節の構造は100年前から変わっていません。

だからこそ、古くから伝わる「蛇の穴」の技術は、今なお色あせることなく、プロレスという闘いの深淵を支え続けているのです。

アマチュアの技術をプロで使いたくないという選手の矜持は尊重されるべきですが、その随所に見られる確かな技術が試合のクオリティを支えているのも、また紛れもない事実なのです。

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