プロレス的音楽徒然草 カミン・ホーム(Comin’ Home)
闘いの序曲
今回はジャパンプロレス時代、マット界を席巻した「昭和維新軍」の一角、谷津嘉章選手のテーマ曲「カミン・ホーム(Comin’ Home)」をプレイバックします。
谷津嘉章選手といえば、学生時代はアマチュアレスリングのフリースタイル重量級で国内無敵を誇った、まさに「怪物」です。オリンピック日本代表に2大会連続で選ばれるという、レスリングエリートの看板を引っ提げてプロ入りしました。
新日本プロレスでデビュー後は、長州力選手らと共に独立し、ジャパンプロレスに参加。全日本プロレス、SWS、WJプロレスといった数々の激しい闘いの舞台で主力として君臨しました。
2019年に糖尿病の影響で右足を切断するという「人生最大の強敵」に直面して以降も、その闘志は衰えず、障がい者レスリングの普及に尽力されています。まさに「義足のレスラー」として、今もなおリング内外で闘いを続けているのです。
独自の編集が生む熱気
さて、ジャパンプロレス時代のテーマ曲「カミン・ホーム」ですが、これが実に味わい深い「魔改造」を施されていました。前奏、間奏、そしてエンディングのみを巧みに繋ぎ合わせ、冒頭になぜか「ヘイ!ヘイ!ヘイヘイヘイヘイ!」という威勢の良い合いの手が挿入されているのです。
この編集により、ディープ・パープルのオリジナル盤とは全く別物の、血湧き肉躍る「プロレス入場曲」へと昇華されていました。
衝撃のシャウトの正体(小見出し:5〜8文字)
この特徴的なシャウトがあまりに自然だったため、当時の私はてっきりインストゥルメンタル(歌なし)の楽曲だとばかり思い込んでいました。
ちなみに、この「ヘイ!ヘイ!」という叫び声の正体は、ギタリストの鳥山雄司さんの楽曲「Korean dress partⅡ」のイントロからサンプリングされたものです。異なるアーティストの音源をミックスして新たな価値を生む。まさに、「化学反応」が起きていたのです。
長州から譲り受けた曲
実はこの曲、元々は維新軍のリーダーである長州力選手のために用意されたものでした。しかし、長州選手が自身の代名詞である「パワーホール」を継続して使用したいと強く要望したため、ナンバー2として頭角を現していた谷津選手に引き継がれたという、ドラマチックな経緯があります。
まるで師匠から必殺技を伝承されるかのようなエピソードは、当時のファンにとっても胸が熱くなる裏話です。
歌詞の存在に驚愕した夜
それゆえ、後にディープ・パープルが演奏する原曲を初めて耳にした時は、「なぜ歌詞があるんだ!?」という純粋な疑問しか湧きませんでした。
最初は別の曲だと信じて疑わなかったほどです。しかし、今から30年以上前のプロレス界では、既存の音源を現場の空気感に合わせて自由奔放に再編集し、独自の熱狂を生み出す「入場テーマ曲の名選曲」が数多く存在していました。
鉄人と天才の旋律が交差
例えば、ザ・ロード・ウォリアーズの「アイアンマン」も、初登場時は前奏と間奏をループさせた再編集版でしたが、後に歌入りのフルバージョンで威風堂々と入場するようになりました。
「カミン・ホーム」は、稀代のギタリスト、リッチー・ブラックモアが脱退し、新たに若き天才トミー・ボーリンが加入して制作されたアルバム『Come Taste The Band』のオープニングを飾るナンバーです。言わば、新生ディープ・パープルの名刺代わりとなった一曲なのです。
B面に隠された天才の技
この曲はシングル「You Keep On Moving」のB面としてもリリースされましたが、これは日本盤独自の構成で、欧米盤のB面は「Love Child」でした。トミー・ボーリンは加入直後から大車輪の活躍を見せ、この曲ではギターのみならずベースまで演奏し、バックボーカルにも参加。
リッチー不在の穴を埋めるべく、まさに「八面六臂の働きを見せています。そのギタープレイは今聴いても非常に傑出しており、疾走感あふれるロックンロールの極致と言えるでしょう。
プロレスが繋いだ音楽との縁
もし谷津選手のテーマ曲が最初から歌入りのオリジナル音源だったら、私はトミー・ボーリンの功績を深く調べることもなかったでしょう。「リッチーの演奏に違いない」と誤解したまま過ごしていたはずです。
オリジナルとかけ離れた独自の編集がなされたおかげで、名ギタリストの存在を知ることができた。これは私にとって、まさに「怪我の功名」とも言える幸福な出会いでした。不屈のレスラー、谷津嘉章選手が教えてくれたのは、リング上の闘いだけではなく、音楽の奥深さでもあったのです。
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