【プロレスブログ】 プロレス的発想の転換のすすめ(127) 己の価値を証明する道

[プロレスブログ] プロレス的発想の転換のすすめ

プロレス的発想の転換のすすめ(127) 己の価値を証明する道

自己価値の真実

自分の価値を誰が決めているのか。

そう問われたとき、つい「他人の評価」を思い浮かべていませんか?

もしそうなら、それは正解とは言えません。

例えば、会社は仕事面のあなたしか知らず、友人はプライベートの顔しか知りません。

親に至っては、幼少期のイメージで止まっていることさえあります。

あなたの全人生、その成功も失敗もすべてを知っているのは、世界でただ一人、あなた自身だけなのです。

他者評価の危うさ

他者の価値付けに依存すると、心は常に一喜一憂の荒波に揉まれることになります。

自分の評価という「舵」を他人に預けている限り、その不安定さから逃れることはできません。

とはいえ、自分の中にある価値は、黙っていては第三者に伝わりません。

自己評価と他者評価のズレを埋めるには、その価値を外の世界へ正しく届ける「発信」が不可欠です。

価値を届ける闘い

当事者間だけで納得して終わっていては、プロレスもビジネスも成り立ちません。

だからこそ発信が重要なのですが、ここで注意すべきは「価値を共有できない層」との距離感です。

いわゆる「アンチ」は、あなたの価値観を理解する気はなく、ただ攻撃自体を目的としている場合があります。

SNSで見かけるアンチとファンの不毛な争いは、時に空虚です。

「バズり」にばかり囚われると、こうした層を呼び寄せ、本来の価値を見失ってしまいます。

独自の言葉を紡ぐ

まずは実直な発信を続け、信頼を築くファンづくりに邁進することが、長期的な成功への近道です。

しかし、頭の中の思いを言語化するのは容易ではありません。

また、発信した情報に価値があるかどうかを決めるのは受け取り手です。

ここでも「相手にどう思われるか」に迎合しすぎると、自分の軸が揺らぎ始めます。

かつての名レスラーは「ファンを掌の上に乗せてこそ一流」と言いましたが、観客の顔色を伺いすぎる選手は、結局その期待に振り回され、自滅してしまうのです。

オリジナリティの力

観客の数だけ価値観が存在する以上、全員に迎合することは不可能です。情報が溢れる現代において、個人が発信する意義は「オリジナリティ」にしかありません。

世間は「再現性」を求めることもありますが、それは一部の天才や研究者が語るからこそ説得力を持ちます。

私がブログを書き始めた頃、そんなキラキラしたスキルはありませんでした。

だからこそ、心理カウンセリングの知識に、プロレス観戦の熱狂、そして介護や闘病という泥臭い「経験」を重ねて書く道を選んだのです。

継続が育む認知

自分の体験が誰の役に立つのか、最初は半信半疑でした。

反応が薄い時期もありましたが、気がつけば100本以上の記事を積み重ねていました。

すると面白いことに、自分の知らないところで話題に上り、「文章を書く人」として認知され始めたのです。

一つの価値が世に浸透するには、果てしない量と時間、そして「闘い」が必要です。

価値が受け入れられる時

「自分の価値が少しずつ受け入れられていく」プロセスは、かつての新日本プロレスで内藤哲也選手が歩んだ道のりに似ています。

当初、期待される「ベビーフェイス(善玉)」として華々しくデビューした彼は、ファンの望む姿を演じようとするほど拒絶され、激しいブーイングを浴びました。しかし、彼が他者の評価を捨て、制御不能な「ロス・インゴベルナブレス・デ・ハポン」として己の信念を突き通したとき、世間の評価は一変しました。

かつてのアンチが最大の理解者に

人間心理において、他人に迎合する姿は不信感を生みますが、一貫した自己の価値を貫く姿は、やがて熱狂的な支持へと変わります。

かつてのアンチが最大の理解者に変わる――。私も発信というリングに立ち続けることで、内藤選手が証明したように、自分の価値が少しずつ世の中に浸透していくことを確信しています。

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