プロレス的発想の転換のすすめ(14) プロレスの熱量と「存在の肯定」
揺るがない自己肯定
今回は「あなたはそこにいるだけでいい」というお話です。
たとえ他の誰もが認めなかったとしても、自分自身が認める「自分」は、この世に存在し、生きていてもいいのです。
善人か悪人かといった属性は関係ありません。その権利は誰しもに平等にあります。
もちろん、この記事を読んでいるあなたもまた「そこにいるだけでいい」存在であることは言うまでもありません。
究極のありかた
結局のところ、人間の「存在」そのものが一番大事なのです。
人間の究極のありかたとは「あなたがそこにいるだけでいい」という境地です。しかし、これは普段意識していないだけで、実は誰もがすでに手にしている権利でもあります。
無意識の条件付け
でも、もしかしたらあなたは、自分自身に「条件」を課してしまっていませんか?
たとえば、「病気で働けない自分はダメだ」「迷惑をかけてばかりの自分には価値がない」と思い込み、「健康で働ける自分ならいていい」「誰の足も引っ張らない自分なら必要とされる」といった条件を付けてしまうことです。
自分を縛るミッション
この条件付けとは、「この課題をクリアしなければ自分を認めてはいけない」という過酷なルールです。ミッションを完遂できない限り、自分にダメ出しをし続けることになります。
特に自分に厳しい方ほど、その課題は途方もなく高いレベルに設定されている可能性が高いのです。
完璧という幻想
そうなると、いつまでたっても理想の「完璧な自分」にはなれず、一生悶々としながら生きていくことになります。
こうした条件を一度客観的に見つめ直してみると、どこか違和感を覚えるはずです。
誰もが抱える弱さ
「条件をクリアしなければ生きていてはいけないのか?」という問いに、事実はNOと答えます。
実際、一生病気知らずで働き続けられるケースは稀ですし、一度も誰かに迷惑をかけずに生きていける人間も存在しません。これが現実の「闘い」なのです。
限界を超えた悲鳴
完璧であろうとするあまり、際限なく自分に負荷をかけ続ければ、心身は悲鳴を上げてやがて壊れてしまいます。
実際に限界を超えてしまった私が、その生きた証拠です。
かつてプロレス界の巨星として君臨したジャイアント馬場選手でさえ、驚異的な連続出場記録は3764試合で止まっています。
英雄も休息を必要とする
誰だって怪我や病気で戦線を離脱することはあります。
では、4000試合に届かなかったからといって、馬場選手は二流のレスラーなのでしょうか?
そんな不躾な条件を付けるファンは一人もいないはずです。
偉業を讃える心
全盛期に日本人唯一のNWA世界ヘビー級王者となった馬場選手は、晩年のスタイルからは想像できないほど強靭でした。
そして、3000試合以上を連続で戦い抜いた事実は、何物にも代えがたい偉業です。
人生という名の長い「闘い」には、色々なことがあります。
辛い時は助け合い、嬉しい時は共に喜ぶ。それこそが、リングの外でも続く人生の本質ではないでしょうか。
自己承認という軸
「いるだけでいい」という言葉には、病んだ心に活力を取り戻させる力があります。
存在を認められることは、毎日の生きる糧になります。
ただし、「他人が認めてくれるから」という理由も、実は一種の条件付けです。
大切なのは、他人が何と言おうと「自分はここにいていいんだ」と思える、折れない心の軸を作ることです。
自分への解脱
心の底から「自分がここにいていい」と腹落ちしていないと、周囲の評価が変わるたびに足元がぐらつき、自分の存在を疑うようになってしまいます。
断言します。あなたもまた、そこにいていい人間なのです。この世に「そこにいてはいけない人間」など一人もいません。
まずは、自分自身が自分に課した過酷な条件という名の「ギブアップ」を取り消すことから始めてみませんか。
心のメインイベント
プロレスのリングでは、たとえカウント2.9で肩を上げ続けても、いつかゴングが鳴る時が来ます。
しかし、あなたの人生というリングにおいて、あなたがそこに立っている限り、それは敗北ではありません。
たとえ技が出せなくても、動けなくても、あなたがリング(人生)に存在し続けること自体が、最大の「闘い」であり、勝利なのです。
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