プロレス的音楽徒然草・王者の魂
王者の魂の意外な源流
今回は、ご存じジャイアント馬場さんの入場テーマ「王者の魂」を取り上げたいと思います。この名曲の作曲は、実川俊さんとTEmPAによるものです。
実は、作曲者の実川俊さんとはミュージシャンの実川俊晴さんで、アニメ『キテレツ大百科』のテーマソング「はじめてのチュウ」を歌った「あんしんパパ」さんと同一人物であるという事実は、ファンの間でも大きな話題になりました。
実川さんの多彩な経歴
実川さんは1967年、カレッジポップスバンド「ザ・マミローズ」を結成し、ドラムスを担当。東芝EMI/EXPRESSレーベルよりメジャーデビューを果たします。
1972年にはフォークロックバンド「マギーメイ」を結成。リーダー兼リードボーカルとしてアフロサウンドを手がける一方、ポップな「続・二人暮らし」を発表。日比谷野音等でのライブが好評を博し、その高度なコーラスワークは、後にアルフィーなどのグループからもリスペクトされることになります。
孤高の天才の活動遍歴
1979年に「実川俊」名義でソロデビュー。『夜のヒットスタジオ』での「鬼にかえろう」のパフォーマンスは衝撃的でしたが、この頃からスタジオ録音に生きがいを感じ、ライブ活動は一切しなくなりました。
1982年には「TOSHIHARU」に改名し、4ヶ月連続でシングルを発売しましたが、人前に出ることは拒否。1990年に「あんしんパパ」名義で「はじめてのチュウ」を発売し、以後、多くのシンガーのボイスレッスンを担当されるなど、独自の道を歩み続けます。
伝説の共演と隠れた名曲
2011年、フジテレビの番組で木村拓哉さんと「はじめてのチュウ」を弾き語りでデュエットしましたが、これは例外中の例外。その後も公的な場での仕事は受けていないそうです。
さて、もともと「王者の魂」がどういう曲だったかと言えば、実は全日本プロレスの全選手が入場する際などに使用されていました。一番わかりやすい例は、新春恒例のバトルロイヤル。日本人、外国人を問わず、シリーズ参加選手全員がこの曲で闘いの舞台へと足を踏み入れていました。
全日を象徴する調べ
厳密に言えば、ジャンボ鶴田選手や天龍源一郎選手、さらにはグレート小鹿選手やキラー・トーア・カマタ選手までが「王者の魂」を使って入場していた時期があるのです。
馬場さんの以前のテーマ曲「スポーツ行進曲(NTVスポーツテーマ)」も、プロレスそのものを表す代名詞でした。全日本プロレスでは、バトルロイヤルや世界最強タッグ決定リーグ戦の開会式にも使われたことがあります。
王者の魂へのこだわり
「王者の魂」が馬場さん個人のテーマとなる前、1982年の世界最強タッグ開会式でも使用されました。馬場さん自身の入場曲となったのは1984年からで、当初はビッグマッチ限定の使用でした。
馬場さんはテーマ曲をあまり変えない方でしたが、イメージには強いこだわりがあったようです。NTVスポーツテーマ時代に作られた「チャンピオン」という曲は、馬場さん公認ながら、本人は一度も使用したことがありません。
時代を超えて愛される曲
1984年の欠場明け以降、中継が深夜帯に移動したこともあり、「イノキ・ボンバイエ」に比べると知名度で譲る面や、今でも「馬場さん=スポーツ行進曲」という根強いイメージはあります。
しかし、明るく、楽しく、激しい全日の魅力をファミリー軍団の一員として体現した「王者の魂」は、晩年の馬場さんにこそふさわしい旋律です。
虚構と現実が交わる時
「プロレス」というジャンルにおいて、音楽は単なるBGMではありません。それは選手の生き様や、観客が抱く幻想を増幅させるスイッチです。
人間は、強さの中にある優しさや、激しい闘いの裏にある繊細な情緒を、無意識のうちに音色として受け取ります。音楽は、時に残酷な勝負の世界において、唯一の救いとなる「心の拠り所」なのです。
馬場さんがこの曲を選び、貫き通した背景には、激動のプロレス界を生き抜く中で、自身の魂を穏やかに、かつ気高く保ちたいという心理的な願いが込められていたのかもしれません。
にほんブログ村


コメント