プロレス的発想の転換のすすめ(72)無差別級、魂の激突!
昭和の無差別級の熱
今回も、初めてプロレスを観戦した時の思い出からお話してみようと思います。
入場テーマ曲の昂揚感もさることながら、実は昭和の時代ならではの特徴的なマッチメイクがありました。
それは無差別級の闘いが非常に多かったことです。
今ではジュニアヘビー級はジュニア同士、ヘビー級はヘビー級同士の試合が主に組まれます。
しかし、30年以上前であれば、体重差が50キロ、時には100キロ以上あるマッチメイクも決して珍しいことではありませんでした。
階級の概念とUWF
ちなみに、階級別が明確になっていったのは、第一次UWFが活動を休止し、新日本プロレスにUターン参戦してからだったと記憶しています。
プロレスに「計量」という概念を持ち込んだのもUWFでした。
もっとも、ボクシングなどの格闘技と比べれば、今考えてもかなり大雑把な測定方法ではありましたが、それまでのプロレス界にはなかったストイックな風を吹き込んだのです。
小さな巨人の知恵
それまでの時代、身体の小さい選手はいかにして大型の選手と闘い、攻略するか、心血を注いで工夫をしていました。
確かに同じ階級同士であれば、ジュニアヘビー級特有のハイスピードで華麗な試合展開が期待できます。
しかし、プロレスの奥深さはそれだけではありません。
体格差という絶望的なハンデを、技術とスピード、そして「知略」で埋めていく過程に、観客はプロレスラーという存在の凄みを感じ取っていたのです。
猪木と大巨人の死闘
無差別級の歴史を語る上で欠かせないのが、アントニオ猪木選手とアンドレ・ザ・ジャイアント選手の闘いです。
身長2メートル23センチ、体重200キロを優に超える「大巨人」を相手に、猪木選手は持てるすべての技術を駆使しました。
特筆すべきは、猪木選手がアンドレ選手をボディスラムで投げ飛ばした瞬間です。
物理の法則を無視するかのようなその一撃は、まさに無差別級という舞台があったからこそ生まれた伝説です。
さらに、巨体の腕を狙い、寝技に持ち込んで動きを封じる戦略は、まさに「小よく大を制す」の極致。体格差をスリルに変える、プロレスにしかできない魔法のような時間でした。
巨漢選手が担う役割
対して、でかい選手はいかにして相手の技を受け、最後にどうフィニッシュへ繋げるか。これもまた、非常に頭を使う高度な闘いでした。
プロレスは単なる街のケンカではありません。
相手に大怪我をさせてしまっては意味がないのです。アンドレ選手のような巨漢選手は、自分より遥かに小さな相手の機動力や技をいかに引き出し、プロレスとしての作品を成立させるかという、驚くほど繊細なプロフェッショナルとしての矜持を持っていました。
互いを高め合う技術
大型選手と小型選手が闘うことには、お互いに大きなメリットがありました。
ジュニアの選手はヘビー級の重い攻撃に耐えるための「打たれ強い身体」を作り、ヘビー級の選手は小回りの利く相手への「順応力」を身につけます。
こうした異質な者同士の衝突が、プロレスのバリエーションを豊かに広げていきました。
猪木選手がアンドレ選手からギブアップを奪った世界初の快挙も、互いのプライドと技術が極限まで高められた結果、生まれた奇跡だったと言えるでしょう。
現代に繋がる醍醐味
現代では相対的に選手が小型化していますが、もともとは体格の異なる人間たちが覇を競うことこそがプロレスの醍醐味でした。
近年、再び無差別級の闘いも増えてきていますが、かつてのような「スーパーヘビー級」と呼べる選手が少なくなったため、昔ほど視覚的な体格差を感じる機会は減ったかもしれません。
しかし、異なる個性がぶつかり合う熱量は今も変わりません。
体格差を攻略する美
スーパーヘビー級同士の怪獣大決戦のようなぶつかり合いも素晴らしいですが、圧倒的な体格差を技術と根性で攻略していく姿も、プロレスの大きな魅力の一つだと私は確信しています。
今後も、体格の壁を超えた熱い闘いが続いていくことを願ってやみません。
無差別級の闘いの魅力
無差別級の闘いにおける最大の魅力は、「柔よく剛を制す」というカタルシスにあります。
自分よりも二回りも大きな相手に対し、スピードや関節技、あるいは一瞬の隙を突いた丸め込みで勝利をもぎ取る瞬間、会場のボルテージは最高潮に達します。
それは単なる強さの比較ではなく、人間の知恵と勇気が物理的な体格差を凌駕するドラマなのです。
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