プロレス的発想の転換のすすめ(124) 役割とプロレス
立ち位置
今回は役割とプロレスのお話です。
言い換えると「立ち位置」となるでしょうか?
誰もが同じ役割を
最近は特に、プロレスの大会全体を見渡してみて、誰もが同じ役割をしようとしている感じがするんです。
若手とメインにベンタ-は足りているんですが、中堅どころが圧倒的に足りていないという感じがします。
同じような内容
結果的にどの順番でも同じような試合が展開されてしまい、どこを切っても同じような内容になってしまっているように思います。
これは複数スター制の弊害ではないか、と私は考えています。
中堅とは
中堅どころがいたとしても、ほとんどフリーや他団体の選手で、言い方は悪いですが「負け役」にしか使えていないケースがほとんどですね。
中堅というのはメインに至るまでの流れをつかんで、前座ともメインとも違う色で、時にお客さんを「あっ」といわせる妙技をみせられる職人集団でないといけないと私は考えます。
中堅の存在の重要性
彼らの存在があってこそ、大会が締まったものになり、ベスト興業として後世に語り継がれたりもするため、中堅の存在は大変重要です。
一例として、1993年6月14日新日本プロレス「エクスプロージョン・ツアー」大阪大会の事をお話ししましょう。
ディーン対エディ
この大会はメインがトップオブザスーパージュニアの決勝戦になっており、第二試合では、決勝進出者を決める一戦として、ディーン・マレンコ対エディ・ゲレロという信じられないカードが組まれました。
結果は13分51秒、ディ-ンがエディのウラカン・ラナをひっくり返してテキサス・クローバー・ホールドで仕留めるという実に味わい深いものでした。
役割を心得た試合
私はこの試合のおかげで、テキサス・クローバーの印象がガラッと変わってしまったため、今でも想い出に残る一戦となっています。
この大会ではほかにも藤原対木戸の職人対決や、天龍対橋本のタッグ対決、本隊対平成維震軍の抗争など見所満載でしたが、その中でも第二試合が光ったのは、ディーンとエディが「役割を心得た試合をしたから」だと思っています。
現役選手が経営も兼ねる
一般の社会でもそうですが、与えられた役割、持ち場、立ち位置は確かに存在します。
それぞれ仕事が違うため、全員が同じことをしていたら、社会は成り立ちません。
ことプロレスの場合、現役選手が経営も兼ねる事が多々あります。
現場の力が強すぎると
力道山時代からの伝統といえばそうなんですが、現場の力が強すぎるとどうしても経営自体はおろそかになります。
力道山さんは事業家として、おそらく経営者の目線を持っていたと思われますが、没後日本プロレスを継いだ幹部連にはそうした感覚がなく、結果馬場・猪木の独立を招いて、団体を崩壊させてしまいました。
多くの失敗を重ね
ところが日本プロレス崩壊後、全日本プロレスや新日本プロレスがテレビのバックアップもあって、そこそこ成功を収めたせいか、日本プロレスの失敗は語り継がれることなく、年月が過ぎ去ってしまいました。
その後、新日本や全日本から派生した雨後の竹の子のようなインディ団体の多くは、いわゆる社長レスラーがほとんどでしたが、これもまた多くの失敗を重ね、現在に至っています。
役割は大切
もちろんプレイヤーとして経営者目線をもっている選手もいないわけでなないですが、多くはありません。
このように役割というのは大切なモノで、特に経営においては先を見通せる能力は必須になってきます。
俺が!俺が!
しかし、ひとたびレスラーになったからには、我こそがエースになるんだ、自分が一国一城の主になるんだという事例は後を絶たないようです。
もちろん誰しもが経営者になれるわけでもなく、誰しもがエースになれるわけではないのですが、「俺が!俺が!」という自己主張の強いプロレスラーが一旦冷静になって、自分の立ち位置や、役割を理解するのは大変難しいといえるでしょう。
違う輝き方
今では興業の中で全員がエースになろうとしているようで、昔のように空気を中締めできる中堅選手が大変不足しているように感じられます。
もちろん若手の育成は大切なことではあるんですが、看板選手になれるのは、そのほんの一握りです。
であるならば、エースでも看板でもない自分独自の立ち位置をみつけ、メインイベンターとは違う輝き方を目指す選手がもう少しでてきてくれないものかなあ、と思うのです。