プロレス的発想の転換のすすめ(63) 暴力と闘いの境界線
荒れた校舎と暴力
今回はリアルファイトとプロレスのお話です。
リアルファイトという言い方は綺麗すぎるので、以下「暴力」もしくは「傷害」と言い換えます。
時代背景もあったのですが、小・中学校はいわゆる「荒れた」学校に通っていました。
絶望が続く毎日
今のようにさまざまな逃げ道があるはずもなく、登校拒否も許されざる世の中でしたから、学校には行かざるを得なかったのです。
そんな毎日は絶望しかありませんでした。
暴力に代わる力
授業は嫌だし、先生も同級生も何かあれば暴力で解決するような環境でした。
暴力から逃れるためには、自分が暴力に代わる力を身につけなければなりません。
しかし、身体の弱かった幼少期には、私にそんな選択肢はありませんでした。
搾取される側の日々
親に一度剣道を習わされかけたことがありましたが、その場の空気に萎縮してしまい、二度と通うことはありませんでした。
ですから、小学1年から中学3年まで、私は常に搾取される側でした。当然、いじめられっ子として。
消えぬ人間不信
しかし、父親の遺伝子を受け継いでいた私は、いつのまにか身長が伸び、見た目だけはデカい一端の大人になっていました。
ところが、中身は「いじめられっ子」のままでした。
ですから、根強い人間不信の大元は一切解決されないまま、社会に出てしまったのです。
繰り返される迷惑
話はだいぶかいつまんで、時は流れて私は30代過ぎからコンビニで働き始めました。
しかし、職場の近所にはこれまた荒れた学校があり、そこの不良生徒たちが、店外や店内で飲酒・喫煙、その他迷惑行為を繰り返していました。
反撃できない苦悩
あまりに度がすぎたので、一度注意したところ、そのうちの一人が殴りかかってきました。
しかし、相手は私より体格も小さく、殴られてもそれほど痛みは感じませんでした。
何より、こちらが先に手を出すわけにはいきません。殴られながらだんだん相手を追い詰めていくと、相手は傘立ての傘で私を殴打しました。
掌に残る嫌な感触
とっさに払い除けようとはしましたが、私の手は傘ではなく、相手のアゴにクリーンヒットしてしまいました。
あの時の嫌な感触は今でも生々しく記憶に刻まれています。
結局、私は顔面裂傷で救急車に運ばれて24針縫いましたが、相手も私の掌で20針縫っていました。
酷暑の中の取調べ
手術後すぐに警察に呼び出され、私は体格差から最初、加害者扱いされました。
その後嫌疑は晴れましたが、夏の暑い最中、冷房を切られた取調べ室で調書をとられた思い出は未だに忘れられません。
格闘技が苦手な訳
私がプロレスファンでいられるのは、鍛え抜かれた選手同士が高い技量のもとで、確かな技の応酬をしているという安心感があるからです。
プロレスより暴力を連想しやすい格闘技は未だに苦手です。
ギリギリボクシング観戦はセーフでしたが、自分でやりたいとはとても思えませんでした。
リングに立たぬ訳
これはプロレスにしても同じです。あの生々しい感触は一生消えてなくなることはないでしょうから、自分が選手としてマットに立つなど、想像するだけでゾッとします。
だから、よほどの例外がない限り、私がリングに上がることは、今後もありません。
自身が引く境界線
暴力とプロレスの線引きを確かなものにするためには、自分が境界線を引いて、観客に徹する必要があるからです。
こういう経験から、私が「最強論」というものにも、さしたる意味を見出していないことを、わずかでもご理解いただけたら幸いに思います。
暴走した負の連鎖
この「暴力とプロレスの線引き」を語る上で、1999年の「1.4東京ドーム」で行われた橋本真也選手と小川直也選手の闘いを無視することはできません。
この試合、小川選手は信頼関係の枠組みを完全に無視した非情な打撃を橋本選手に浴びせ続けました。
そこにあったのは、プロレスと言う名の表現ではなく、一方的な破壊という名の「暴力」ではなかったかと思います。
憎しみを越えた先
しかし、物語はそこで終わりませんでした。
一度は最悪の形で決裂した二人ですが、橋本選手が新団体を旗揚げした際、小川選手はかつての敵意を捨てて合流したのです。
かつて「暴力」としてぶつかり合った二人が、今度は「OH砲」という最強のタッグを結成し、深い絆で結ばれたことは、ファンにとって最大の驚きであり、救いでもありました。
暴力が昇華する時
凄惨な「暴力」として始まった二人の関係が、真の信頼を築く「再生の物語」へと昇華された事実は、プロレスという闘いの奥深さを象徴しています。
暴力とプロレスの線引きを確かなものにするためには、一度壊れた信頼を再構築するほどの強い意志が必要なのかもしれません。
私がマットに上がらず、観客席から見守り続けるのは、暴力の恐ろしさを知っているからこそ、それを乗り越えて生まれる「再生」という奇跡に、純粋な敬意を払いたいからなのです。
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