[映画鑑賞記] この世界の(さらにいくつもの)片隅に
2019年12月27日鑑賞。
広島県呉に嫁いだすずは、夫・周作とその家族に囲まれて、新たな生活を始める。昭和19年、日本が戦争のただ中にあった頃だ。戦況が悪化し、生活は困難を極めるが、すずは工夫を重ね日々の暮らしを紡いでいく。
ある日、迷い込んだ遊郭でリンと出会う。境遇は異なるが呉で初めて出会った同世代の女性に心通わせていくすず。しかしその中で、夫・周作とリンとのつながりに気づいてしまう。だがすずは、それをそっと胸にしまい込む……。
昭和20年3月、軍港のあった呉は大規模な空襲に見舞われる。その日から空襲はたび重なり、すずも大切なものを失ってしまう。 そして、昭和20年の夏がやってくる――。(あらすじは公式HPより)
約40分の新作シーンが追加
「仮面ライダー」、「スターウォーズ」、「さらにいくつもの」と見たい映画が重なってしまった場合、ほんの五年前なら梯子観戦する体力があったのだが、仮面ライダーを除くと、スターウォーズも「さらにいくつもの」も、上映時間が三時間もあり、これを連続でみる気力と体力が今の自分には、残念ながらない。
仕方ないので、時間との兼ね合いも考えた末に、仮面ライダー→「さらにいくつもの」→スターウォーズという順番で日にちをあけて鑑賞することにした。
自分ではなかなか認めたくはないのだが、年々心身ともに衰えているので、そこは抗わずに、自分のできる範囲で無理なく楽しく見ていくのが、プロレスにしてもアニメにしても映画にしても、しっかり楽しめるんじゃないかと思う。
さて、2016年の「この世界の片隅に」(以下・オリジナルと表記)は129分なのに対して、「さらにいくつもの」は168分と約40分に渡る新作シーンが追加されている。
主題が異なる「もう一本の映画」
これは、オリジナル版「この世界の片隅に」の興行収入が10億円を達成すれば、当初の絵コンテに沿った長尺版を制作することがプロデューサーによって示唆されており、オリジナル版が27億円の成績だったため、製作に着手したものとなっている。
新たなタイトルである「さらにいくつもの」は、従来のバージョンとは主題が異なる「もう一本の映画」としての意図を込めたもので、片渕監督の案を原作者のこうの史代さんが承諾したものだそうだ。
上映時間168分という長さは2019年時点で、アニメーション映画としては史上最長記録になるようだが、さてそこまで長尺にしても「さらにいくつもの」が作られる意味はあったのかどうか?
個人的には、みていて全くダレるところがなかったことにまず驚愕したし、追加されたシーンによって、オリジナルと同じ場面が違う意味を持ち始めるという体験をすることができた。
オリジナルより深堀り
具体的には北条夫妻のドラマがオリジナルより深堀りされており、それによってすずさんの心境も多岐にわたり変化していく。二時間強という時間に集約するために、あえて切られたところを単に再現するだけでなく、オリジナルとは異なるとらえ方ができる物語にしてしまったというのは驚きだった。
キャストに関しては3年のブランクがあり、実はオリジナルのまま使われているシーンも多々ある。オリジナルの時は作品として完成していない分、手探りでいちから作り上げる必要があったはずだが、「さらにいくつもの」に関しては、オリジナルを踏まえた上で、同じセリフでも意味合いが変わる部分があり、別な意味の苦労があったのではないか、と私は推察している。
ちなみに、オリジナル「この世界の片隅に」制作時に11歳であった稲葉菜月さんが演じる黒村晴美の声は、成長期の変声を見越して、本作で追加する台詞もオリジナル制作時に録音されていたというから、片淵監督は実に用意周到である。
同じ題材だけど、別な映画
「さらにいくつもの」を経て、私が一番印象の変わったキャラクターは、すずの夫である周作だろう。オリジナルでは秩序を重んじる生真面目な青年として描かれている。
しかし、「さらにいくつもの」では、原作同様、遊郭の女・リンの馴染み客が周作で、結婚まで考えていたという過去が示唆され、そのことですずを後々まで悩ませるわけだが、ここがオリジナルとは一番わかりやすい分岐点ではないか、と思われる。こうの作品ではよくある男性像でもあったりするのだが、「さらにいくつもの」では意図的に強調されている感じがした。
もともと、オリジナルでも絵コンテの段階までは、リンにまつわるエピソードを盛り込むことも予定されており、結果尺の都合でカットされたわけだが、これが入るのと入らないのとでは、北条夫妻の見方がガラリと変わってしまう。
だからこそ、「さらにいくつもの」は、同じ題材でありながら、別な映画になっているというわけなのだ。おそらく原作とも、オリジナルとも違う第三の「この世界の片隅に」。それが「さらにいくつもの」として出来上がったのだと私は思う。時間があれば、オリジナルと見比べてみたい気もする。