プロレス的発想の転換のすすめ (79) 心理的安全性とプロレス
心理的安全性とは
今回は心理的安全性とプロレスのお話です。
その前に心理的安全性のお話をしておきましょう。そんなに難しい話ではありません(笑)
安心して発言できる
「心理的安全性(psychological safety)」とは、組織の中で自分の考えや気持ちを誰に対してでも安心して発言できる状態のことです。
組織行動学を研究するエドモンドソンが1999年に提唱した心理学用語で、「チームの他のメンバーが自分の発言を拒絶したり、罰したりしないと確信できる状態」と定義しています。
安心感が共有されている
メンバー同士の関係性で「このチーム内では、メンバーの発言や指摘によって人間関係の悪化を招くことがないという安心感が共有されている」ことが重要なポイントです。
心理的安全性が高い状況であれば、質問やアイディアを提案しても受け止めてもらえると信じることができ、思いついたアイディアや考えを率直に発言することができます。
我慢と演技
しかし、たとえばうつ病にまでなってしまう人は「我慢」と「演技」がうまいわけです。
これはうつ経験者の私自身の大きな特徴でもあり、同時にウィークポイントでもあります。
役者過ぎて本人も気付かない
うつを患うくらいの人は、ホントは辛くて苦しいのに、すべて自分で抱え込んで、誰にも分からないように隠しています。
だけど「役者」すぎて「本人」でさえ、気がついてないことも多々あります。
自覚なく自分を騙せる
「自分に正直になる」事が恐ろしく苦手なんです。だから自覚なく「自分に嘘がつける」し、「自分を騙せて」しまうんです。
そんな、うつになってしまうような人は弱くないし、甘くもありません。
むしろ、強い人間なんです。
自主的に安全性を獲得するのは
しかし、その強みが弱みに変わると、自分を攻撃したり病んたりしてしまいます。
私やあなたがこうした特性を抱えたまま、自主的に心理的安全性を獲得するのは非常に困難かと思われます。
他人にばかり要求するのは
かと言っていちいち人にアピールしたり、説明していくのも煩わしいし、そもそもそれが簡単にできていたら、鬱になんかならないですからね。
それに、心理的安全性を他人にばかり要求するのは、正直気が引けるところでもあります。
多様性のかけらもなかった
とはいえ、多様性が重要視される時代にあって「心理的安全性」の問題は、皆で考えるべき問題なのは間違いないところです。
さて、プロレス会場の空気は時代と共に変化してきました。昭和の時代はそれこそ空気がギスギスしていて、多様性のかけらもなかったのです。
推しを堂々と推せる
それが今では悪役だろうと、反体制だろうと、推しを堂々と推せる環境に変わっていきました。これは私にとっても非常にありがたい変化でした。
心理的安全性という点では、現代のプロレス会場とプロレスファンが作り出す空気は非常にレベルの高いものです。
大いに誇っていい
これは実際に時代の変化を体験し、自分自身が感じてきたことです。
これはプロレスファンとして大いに誇っていい事だと思います。