プロレス的音楽徒然草 鶴龍コンビのテーマ
合体テーマの正体
今回は、タッグの絆を象徴する「合体テーマ」の先駆けとして1980年代を席巻した、「鶴龍コンビのテーマ」をクローズアップします。
このテーマ曲は、全日本プロレスのマットを席巻したジャンボ鶴田選手と天龍源一郎選手のタッグチーム専用音楽で、1983年から1987年にかけて、彼らがリングに向かう際に使用され、ファンのボルテージを最高潮に叩き込みました。
一般的にプロレスの入場曲には、複数の楽曲を繋ぎ合わせた「合体テーマ」が存在します。スタン・ハンセン選手の『サンライズ』のように、イントロに別の曲を配した個人用もありますが、日本のプロレスファンにとって合体テーマとは、「選ばれし二人が並び立つための聖域」、つまりタッグチームのものという認識が強いかと思われます。
全日本の知恵と誇り
この文化を定着させた先駆者は、新日本プロレスではなく全日本プロレスでした。その背景には、年末の風物詩である『世界最強タッグ決定リーグ戦』における歴史があります。
かつては片方の選手の曲だけで入場することもありましたが、ハンセン選手の移籍で生まれたブロディ選手との「ミラクル・パワー・コンビ(超獣コンビ)」や「第3の男」天龍選手の急速な台頭により、序列の問題が浮上してきました。
どちらか一方の曲だけでは、もう一方が格下に見えてしまう……。ファンに「対等なタッグ」という印象を視覚と聴覚で焼き付けるため、中継サイドが知恵を絞って生み出したのが、この合体テーマという至高の演出だったと推察されます。
昭和を彩る名盤たち
とはいえ、すべてのコンビが合体させたわけではありません。ザ・ファンクス(テリー&ドリー)は『スピニング・トーホールド』、マスカラス・ブラザーズは『スカイ・ハイ』と、名曲一本で成立していました。ジャイアント馬場選手とドリー・ファンク・ジュニア選手のタッグでも、そのままドリー選手の曲が流れるなど、当時はまだ試行錯誤の時代でした。
80年代、この合体文化を決定づけたのは間違いなく鶴龍コンビと、ハンセン&ブロディの「超獣コンビ」でしょう。当時、これらを集めたアルバムも発売されましたが、権利関係の壁は厚く、その多くはバップ等からリリースされた「カバー版」でした。当時のファンにとって、オリジナル音源収録のアルバムはまさに「奇跡」に近い存在だったのです。
魔法のミキシング術
鶴龍コンビの構成は、鶴田選手のオリジナル曲『J』と、天龍選手の既成曲『サンダーストーム』の融合です。特筆すべきは、曲が切り替わる瞬間に被せられた、激しい「雷鳴」のSE。この音響効果が繋ぎの違和感を消し去り、聴く者に「鶴龍」の勢いを感じさせました。
このミキシング技術は、後に川田利明選手・田上明選手の「聖鬼軍」コンビなどにも継承される、全日本プロレスの伝統芸能となりました。しかし、この複雑な構成ゆえに、公式な商品化は「針の穴を通す」ような困難を極めることとなります。
商品化へ阻む高い壁
合体テーマを正規リリースするには、幾多のハードルを越えねばなりません。
- ① 作曲者が同一人物である
- ② 異なる作曲者同士が、互いの改変を公認している
- ③ 作曲者が同じ国の権利団体に属している
- ④ レコード会社がプロレスという特殊な「闘い」の文化に深い理解を示している
これらをクリアするのは至難の業です。天山広吉選手と小島聡選手の「テンコジ」のように、最初から合体を前提に制作され、CD化まで漕ぎ着けたケースは極めて稀な「王道」の成功例と言えるでしょう。
永遠に響く幻の音色
現在、私たちが耳にできる音源の多くは、熱狂的なマニアが現代の機材を駆使し、会場の空気感を再現した「擬似再現版」です。しかし、それらは著作権の観点では極めてグレーな領域にあります。
本来、異なる二つの魂を強引に一つに束ねる合体テーマは、デジタル配信やCDという枠には収まりきらない、会場でしか許されない刹那の芸術なのかもしれません。著作権の隙間に咲いた徒花(あだばな)として、今日も合体テーマはファンの記憶の中で鳴り響き続けています。
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