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[映画鑑賞記] 男はつらいよ(第一作) 

ご存知寅さんシリーズ第1作。とはいっても今までろくにこのシリーズを見たことがなかったため、今回初めてきちんとした形で第一作を見ることができた。これも何かの縁だろう。正直いうと私の中の渥美清さんというのは胃腸薬のCMにでてくる人というイメージしかなくて、なかなかあの寅さんと頭の中でイコールにならなかったのだ。

また、下関ではかつて松竹の斜め前に東映の映画館があり、松竹と同じ並びに日活の上映館がたっていた。子ども心ながら「あっちは大人が行くところ」という認識をしていた思い出がある。もっとも学校が休みの時以外は、東映だってやくざ映画を流していたので、子どもには縁遠かったのだけど、それでもなんか心理的距離が遠い映画館だったように記憶している。松竹の映画観に足を運ぶようになったのは、アニメ映画がたくさんかかりはじめた中学生~高校生のころだった。それまでは入ったことさえなかったのだ。

さて「男はつらいよ」は、もともとは東映ヤクザ映画のパロディとして企画されたらしい。正確には昭和43年から一年間放送されたテレビシリーズがあり、しかも最終回で寅さんがハブに噛まれて死ぬというオチに納得のいかない視聴者から抗議が殺到して映画化に繋がった経緯がある。

のちに、テレビ放送打ち切りで不憫な終わり方をした機動戦士ガンダムがファンの手により劇場化署名運動がおきたときに、寅さん以外のドル箱をもたなかった当時の松竹が食いついて、現在に至っていることを思うと、実は寅さん自体がテレビシリーズの熱狂的ファンの力で映画化している流れもなんか運命的に感じられる。ちなみに寅さんの妹、さくら役の倍賞千恵子さんはガンダムではアムロの母役で出演している。

話はそれたが、テレビシリーズで寅さんフリークの怒りを買った以上、寅さんのイメージから外れることが許されない。映画化にあたっては、やはり寅さんが失恋する定番は踏みつつも、アンハッピーエンドにはできない。

映画化の際には、東映ヤクザ映画からは完全に独立した存在にまでなっていた寅さんを活かすには、完全なテンプレートを作る必要があったのだろう。既に第1作で完璧な寅さんが出来上がっているのは、ある意味当たり前だろう。しかし映画化した際に一番よかったのは、テレビシリーズでははっきりしてない物語の「舞台」を葛飾柴又にしたことで、これがある意味寅さん映画の方向性を決定づけたといっても過言ではないだろう。

柴又の町が何度もやらかしては出て行く寅さんを、また次のシリーズで何事もなく迎え入れる舞台としてはこれ以上ない「家」になっているし、既に第1作からガッチリと寅さんと柴又は離れがたい感じで噛み合っている。当時の観客は、テレビシリーズとは全く違うはずなのに、寅さんは最初から柴又にいたような感覚になったのではないだろうか。それくらい親和性の高い舞台というのはなかなかないものである。やはり映画化してテレビの寅さんが完全に一本立ちしたのは葛飾柴又という舞台があってこそだろう。有名な「私、生まれも育ちも東京葛飾柴又です。性は車、名は寅次郎、人呼んで風天の寅と発します。」という寅さんの口上も、映画化されたことで、人々の脳裏に定着したのだと思うと、なかなか面白い。

冒頭でヤクザ映画のパロディとしてスタートした作品と書いたが、そういう着想でスタートした以上、やはりヤクザな人物を強面の俳優に演じさせるわけにはいかなかったのだろう。そこで当時コメディアンとしても活躍されていた渥美清さんに白羽の矢が立ったのではないか、と思われる。これが実に当たり役だったわけで、社長シリーズや無責任男の東宝が得意とするサラリーマン、東映が得意とするヤクザやアウトローに対抗するには、寅さんというのは実に松竹の看板になりやすいキャラクターだったのだ。

その看板にふさわしく、完璧な寅さん像が既に1本目で完成している。映画の前にテレビシリーズで試行錯誤した結果ではあろうけど、ここまで完全なテンプレートはなかなかお目にかかれない。

余談だが「カリオストロの城」のラストでルパンがカリオストロ公国をあとにするくだりを、個人的に「寅さんっぽいなあ」と思っていたのだが、今回はじめて「男はつらいよ」をはじめからきちんとみて、あながち間違いではない気がした。自分から去っていく男の美学というか、ひとつところにおられないという点ではルパンも寅さんもとても似ている。果たしてあのラストが「男はつらいよ」に影響されたものかどうかは定かではないが、想像してみるのも面白いかもしれない。

ちなみに、山田洋次監督と高倉健さんは同い年で、ヤクザ映画のイメージがつきまとう時代の健さんをあえて「幸せの黄色いハンカチ」に起用したあたりも今考えるとなかなか興味深い。









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