プロレス的発想の転換のすすめ(57)人生を懸けた闘い
プロレスと有名税
今回は有名税と、プロレスのお話です。
黒の総帥として、今や芸能界でも引っ張りだこの蝶野正洋選手。
しかし、もともと芸能活動は好きではなかったそうです。 きっかけは、nWo JAPANを牽引し業界のトップを張るようになったとき、「リングの外に出ないと、これ以上のネームバリューはつかないな」という思いがあったといいます。
悪名は無名に勝る
さて、「悪名は無名に勝る」という有名な言葉があります。
世に知られるきっかけが悪評であったとしても、まるで世に知られていない状態よりはずっとよい、無名よりは悪名高いほうが何かと有利である、といった意味合いで用いられる言い方です。
世に知られることの重要さや困難さを示唆する言葉といえます。
知名度と引き換え
この「悪名は無名に勝る」という文言の初出は、1984年の竹下登さんにいきつくそうです。
そこで出てくるのが、有名税という表現でしょう。
有名であるがゆえに、知名度と引き換えに生じる問題や代償を税金に例えた単語で、有名になることでマスコミや大衆の注目が集まり、結果的にプライバシーが阻害されることを意味します。
認知こそが生命線
しかし、商売をするのであれば「存在を知られていない」ことが最大の不幸になるでしょう。
あくまで認知があってこその「好き嫌い」であり、この「存在を知られる」という匙加減が一番難しいところですね。
蝶野選手もインタビューで「やっぱりネームバリューがないと人が集まらないので。それをやるためには、芸能活動も継続しておくことが必要になってくると。だから、いい意味での売名ですよね」と語っています。
自己表現への苦悩
私事ですが、このいい意味での売名というのを、私は非常に苦手にしていました。
自分の人生なのに自分を俯瞰で見ようとして、気が付いたら自分の人生を他人ごとのように生きてきたのです。
今までは主演のいない舞台を、長年にわたって見て見ぬふりをしてきました。
人生の主役を張れ
これまではそれでよかったのですが、では私の人生の主役は誰なのか?という疑問が出てきた時に大いに困りました。
主演のいない人生は誰のものなのか? その答えは「自分のもの」でしかありません。
代役はいません。主演は自分がつとめないといけないのです。
覚悟のリングへ
そうなってくると、売名による有名税を怖がっていた自分がばかばかしくなってきました。
これからは必要に応じた有名税を払う覚悟で、残された人生を生きなおしたいと考えています。
そういう意味で、今後は自分が知られていくことに少しずつ慣れていきたいですね。
有名税とプロレス
人生という名の四角いジャングルにおいて、有名税とはトップレスラーが背負うチャンピオンベルトのようなものです。
蝶野選手がヒールとして悪名を轟かせながらも、リング外での発信を「闘い」の一部として受け入れたように、私もまた、自分という存在を世に問う「闘い」から逃げずにいたいと思います。
観客のブーイングすらもエネルギーに変え、有名税を堂々と支払う覚悟を決めた時、真のメインイベントが始まるのです。
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