[プロレスブログ] プロレス的発想の転換のすすめ (85) 才能を正しく使う話

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プロレス的発想の転換のすすめ (85) 才能を正しく使う話

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才能の裏表

今回は才能のお話です。才能があるというと、あなたには、もしかするとポジティブなイメージがおありかもしれません。

しかし、物事には必ず表裏があり、才能もまた例外ではありません。

ポジティブとネガティブ

得意なことならいくらでもできて、常人ならざる努力も苦にしないというのは、ポジティブな才能の使い方だと私は思います。

しかし、ブラック企業と知りつつも、我慢して仕事を続けたあげく心身ともに疲弊するまで追い込んでしまうというのは、ネガティブな才能の使い方になるのではないでしょうか?

正しく使わないと

実際に私にはこの両面をやって、正負の才能が自分にもたらす影響を肌身で感じてきた体験があります。

ですので、せっかく授かった才能も正しく使われないと諸刃の剣になりうるということも十分に理解しています。

プロレスにおいては

さて、プロレスにおいて才能を正しく使うとはどういう事になるでしょうか?

選手であるならば、観客を掌に乗せていくのも一つの才能でしょうし、厳しい練習に耐えて、鋼の肉体を作り上げていくのも才能でしょう。

ネガティブな才能

これはポジティブな才能の使い方といえるのではないでしょうか?

一方でネガティブな才能の使い方とはどういう形になるか?私なりに考えてみたいと思います。

手放したくない

私の事例から考えてみると、つらいことでも続けられるというのは、裏返すと自分と向き合って方向性を変えたり、自分自身の行動や考え方を変えたりできない、というか、したくないということでもあると、私は思うのです。

要するに変わらないことで、自分が得しているものを手放したくないのです。

変わらない才能

だからいかに代わり映えしないといわれても、いかに変わることで、今より確実に成長できると自分でわかっていたとしても、今の自分に必死でしがみつこうとする・・・

これが「変わらないでいられる才能」の正体ではないでしょうか?

ただ、自分の人生ならば、自分さえその気になればいくらでも変わることはできます。

寄り添いすぎても

ですが、プロレスの場合、常に観客の思い入れが重なっていくエンターテイメントなので、選手の思い描く才能の使い方と、お客さんの思い描く才能の使い方には違いが出てきます。

あまりにお客さんのイメージに寄り添いすぎると自分を見失いますし、かといってお客さんの期待を無視し続けては、プロレスそのものが成り立ちません。

内藤哲也と鈴木みのる

かつて、その「才能の使い方の狭間」でもがき苦しんでいたのが、今をときめく内藤哲也選手です。

そして鈴木軍のリーダー、鈴木みのる選手もまた、自らの理想とお客さんが求める理想の間でもがき苦しんだ歴史があります。

対アポロ菅原戦

特に鈴木みのる選手は、若手時代に自分の理想を求めて新日本を離脱。UWFに合流後、藤原組を経てパンクラスを旗揚げ(ちなみに鈴木みのる選手は現在もパンクラスミッション所属)、創世記の総合格闘技を経てプロレスに回帰してきた経歴があります。

今の鈴木みのるの姿しか知らないあなたには、にわかに信じがたいかもしれませんが、有名なSWSでの対アポロ菅原戦で、鈴木みのる選手は(当時の)理想とは程遠い試合内容に、リング上で涙をこぼしたこともありました。

嚙み合わない凡戦

動画等では「不穏試合」とあおりたてられている鈴木対菅原戦ですが、私にとっては、鈴木みのるのレスラー人生史上最大の凡戦でしかありません。

プロレスというのは難しいもので、噛み合わないから面白くなる試合もあれば、噛み合わなすぎて凡戦のまま終わってしまう試合も存在します。

名勝負はない

鈴木対菅原戦は後者ですね。この試合をはじめとする「不穏試合」には名勝負と呼ばれる試合は存在しないというのが私の考えです。

片や、内藤選手は卓越した身体能力で、武藤敬司二世と称され、本人も「20代のうちにIWGPチャンピオンになる」という公約を掲げていました。

運命を変える出会い

しかし、後輩のオカダカズチカ選手の台頭に伴って、その目標は露と消え、いつしか「何をやっても空回り」するループに追い込まれてしまいました。

もがけばもがくほど浴びるブーイング。

しかし、そんな状況下で逃げるようにして遠征したメキシコで、彼の運命を変える出会いが待っていました。

型にはまらない

それは盟友・ルーシュとラ・ソンブラがたち上げたLos Ingobernables (ロス・インゴブレナブレス)という「運動体」でした。

リンピオ(善玉)でもない、ルード(悪玉)でもない、自由気ままに型にはまらないというユニットに入ったことで、内藤選手は覚醒し、帰国後ロス軍の日本版であるLos Ingobernables de Japón(ロス・インゴベルナブレス・デ・ハポン)をたちあげ、現在に至っています。

その後の快進撃はあなたもご存じのことでしょう。

主義主張が違っても

さて、共にヒール的な立ち位置にいながら、好かれもしている内藤選手とみのる選手。

歩んできた道こそ違えど、近い着地点に到達した2人だと私は思っています。

ですから、主義主張が違っても、プロレス感が異なっていても、不思議と手が合う予感しかしないのです。

共通項があった

なぜなら、彼らは自ら「変わろう」という選択を行い、その結果、現在の地位にいるからです。

現状改革と口だけでいっていて、その実何も変わろうとしない、できない時代があって、そこから自らの意思で変わることができた。そして、お客さんの思い入れがそこにどんどん加味されて、大きくなっていく・・・

鈴木みのると内藤哲也には実はそうした「共通項」があったのです。

本当のところは

本人たち的には「一緒にするな」と激怒するかもしれません。

ですから、これはあくまで私が頭の中で空想している仮説にすぎません。

本当のところは本人しか知らないからです。

勝手に推測して

だからこそ、第三者である私は本人の胸の内を勝手に推測して楽しんでいるのです。

これもまた「プロレスの楽しみ方」であることは間違いないでしょう。

邂逅には意味があった

とはいっても、おそらく歩んできた歴史が異なりすぎるため、鈴木みのると内藤哲也の両選手は、最終的に分かり合えはしないと私は想像しています。

しかし彼らが邂逅する事には非常に意味があるとも思います。

L.I.J対鈴木軍の軍団闘争というフィルターを通してではなく、内藤哲也と鈴木みのるという個人のぶつかり合いとしてみると、この2人の闘いは、プロレスファンである私には極上の「ごちそう」なんですね。

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