プロレス的転換のすすめ(6)伝える力とプロレス
伝えるためには・・・
今回は「伝える」お話をします。伝えるためにはどうしたらいいでしょうか?
伝える力をつける方法はあるのでしょうか?
まずは世の中にある、伝えるために作られたたくさんの資料を見て、自分でたくさん作り、それを大勢の人に見ていただくというのが、上達のコツになります。
応用がきく
これは会議などで行われるプレゼンテーションの資料作りの極意なんですが、日常生活でもたくさん応用がききます。
極端な話プロレスに置き換える事も可能なんです。
あなたが、仮にレスラーだとして、リング上の闘いからお客さんに届けたいメッセージがあり、それを伝えたいならば、まずほかの選手が試合でどう伝えているのかも見ていく必要があります。
研鑽と繰り返し
見た上で今度は自分のやり方で伝わるかどうか実際に人前で表現していきます。
実際控室から、あるいは客席から、試合の終わったレスラーがあとの試合を観戦していることはよくあります。
繰り返し繰り返し
そうして研究した成果を、様々な会場で様々なお客さんの前で見ていただくと、反応が返ってきます。
その反応をもとに軌道修正をはかりたければ、また様々な試合をみて、自分の表現したいパフォーマンスを生み出し、それをまたお客さんにみていただく…伝える力をつけるには、これの繰り返しですね。
冷静に振り返る
たとえば極悪コンビとして名をはせたタイガー・ジェットシンと上田馬之助(初代)のコンビは控室に帰ると自分たちの試合をビデオでチェックして毎回反省会を開いて次の大会に生かしていたそうです。
どれだけ自分がヒールとしての表現ができているか、必ず振り返って冷静にお客さんの反応を振り返ってみるということを日夜欠かさなかったからこそ、あれだけの嫌われ者になれたとも言えます。
日々の研鑽と努力
今でこそレジェンドと呼ばれる、シン・上田両選手であっても、日々の研鑽と努力によって、現在の地位を確立したことは忘れてはなりません。
実際のところ、シン・上田組の全盛期では、悪役とは実際にお客さんが恐怖を感じる存在でないとつとまりませんでしたからね。
だからこそ本気で舐められないように、怖さをウリにしていたのではないかと私は想像しているのです。
しゃべれなくても
今はやはりテレビ主体のプロレスが多いせいか、しゃべれないとヒールもベビーフェイスもつとまりにくい時代にはなってしまいました。それも時代の流れと言えばそれまでです。
本当は言葉の壁を越えられるパフォーマンス能力がプロレスラーには求められていると私なんかは思っているのですけど、しゃべってなんぼのプロレスが主流になっている以上、この流れは止まらないでしょうね。
肉体ひとつで伝えられる
プレゼンテーションもプロレスも人前でライブ形式で表現するという意味では共通点があります。また事前に入念な下調べや資料作り(プロレスならば練習なりトレーニング)が必要な点も似ています。
違いはプレゼンテーションには資料や言葉がたくさん入りますが、プロレスはどうかしたら言葉がなくても、肉体ひとつで伝えたい事を伝えられる点くらいですね。
アドリブ力も
最近私はここに「アドリブ力」も必要じゃないかとも思っています。日々の研鑽は怠ることなく、かつ想定外の事態にも備えるという意味では、ナマモノであるプロレスとも共通項はあるかもしれましせんね。
いずれにしても、伝えるためには様々な工夫と努力を惜しまない情熱が必要です。
それはどんな場合であろうと、どんなジャンルであろうと変わりはないでしょうね。
プロレスとは表現である
かの中邑真輔は「プロレスとは表現である」とコメントしたそうです。
痛みも苦しみも怒りも喜びも包み隠すことなくリング上で表現できるプロレスラーは、ある意味まさに感情表現のプロであるといえるのではないでしょうか?
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