怒り、苦しみ、破壊し、創造する!世界プロレス式コミュニケーションガイド研究所所長の体験談ブログ(149) 自分の問題と向き合うための10の闘い(39) 苦手だけど本能と結びついている恋愛と結婚⑨
ブーイングは飛ばされてナンボ
今回は私の考えるヒール道の話です。ヒールというのはプロレスでいうところの「悪役」を意味します。悪役とは嫌われてナンボの役割です。声援はむしろ邪魔になります。昨今は必ずしもヒールだけに罵声が飛ぶ時代ではなくなっていますが、もともとの役割からすると、ブーイングは出て当たり前というのがヒールです。
私は接客業を20年ばかりやってましたので、第三者から受ける罵詈雑言などの類にはある程度耐性があります。耐性がなかった10代の頃は、炎上しようものなら「もはや生きていけない」というくらいに萎縮していたものですが、人間変われば変わるものです。
ですから、2016年に嫌われることへ舵を切る決断も、割とすんなりできましたね。これも散々嫌われまいとビクビクしながら過ごしていた時代から比べると隔世の感があります。
Facebookでも私は友達が多いほうがよいとおもいこんでいました。しかし、何千人も「友達」がいると、その何千人から嫌われまいとするのは相当骨が折れるわけです。そこで何千人の友達を思い切って数百人に減らしてみたわけです。
友達を減らしても何も変わらない
すると、どうなったか、というと…
何も変わらなかったんですね。その時「今まで精神をすり減らして気を遣っていた私の努力は一体何だったんだろう?」と愕然としたのを覚えてます。
冷静に考えてみたら、何千人もの友達の全てに対して等しく親しくなるのはどだい無理な話です。
そもそも私は人間嫌いという前提があるはずなんですが、それすら忘れて、好かれようとしたり、友達を増やそうという事自体に無理があったのです。
ではどうしたらいいのか?答えは意外とシンプルでした。人間嫌いの自分も自分なんだと認めればよかったのです。そして今の私は堂々と人間嫌いを公言できています。
更に今の私を多くの方々が支持してくれています。以前、おそらく叩いたであろう人たちをも黙らせるくらいに、自分という人間が自分の思うままに生きようとしていることを、応援さえしてくれている、そんな感じさえ抱いています。
人間嫌いも今できないのも全部「自分」
今の私は人に嫌われることを何とも思っていません、だって私も皆様が大嫌いですから、まさにおあいこというやつです。無視されて空気になるよりよほど建設的な生き方だとさえ思っています。まさにヒール道上等、っていうことですね。
たった30年前は全否定された私の「人間嫌い」。そこから、それを「面白い」といってもらえるくらい周囲の反応は大きく変化しました。しかし、それはまわりが変わったからではなく、私自身が能動的に大きく変化した結果だと思っています。
つまり恋愛できなかろうが、結婚できなかろうが、今の私には関係ないということです。もちろん強がりだけで肩ひじ張っても仕方ありません。
ただ、今すぐできないことをできないと認められないと自分が苦しくなります。今の私には恋愛などできません。多少、本能の反発はあったとしても、それでいいと今の私は思えているのです。無理したところでどうにもなりませんからね。私は私の生き方を全うできたらそれでいいのです。