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追憶のscreen 土曜夜8時の想い出ぽろぽろ(2)

全員集合が終わると、ニュース挟んでドラマが放送されていた。両親は先に寝ていたのだが、祖母が見ていたので一緒にみていた。

そこで目にしたのが見たこともないアクションを披露する一人の日本人だった。

それがバーディー大作戦のドラゴンこと倉田保昭さん。

当時日本人悪役として、香港で絶大なる地位を築き、ブルース・リーにヌンチャクを伝授した伝説的アクションスター。

御年70(2016年現在)に至るまで未だアクションのキレは衰え知らずのワールドスターにして武道家でもある。

後で知ったことだが、ドラゴンは当初泥棒として登場し、のちにバーディー側に加入していたらしい。

しかし、私の記憶にあるのは、鮮やかに敵を蹴散らすドラゴンの勇姿しかない。

のちに、「闘え!ドラゴン」に主演されたことで、私の中の倉田さんは=ヒーローだったのだ。

「闘え!ドラゴン」は折からのカンフーブームも追い風になり、当時九州にはネット局がなかった東京12チャンネル(現・テレビ東京)系の番組でありながら、フジ系列のテレビ西日本が、金曜夜7時に放送されていた電人ザボーガーの後番組として放送していた。

本来、同枠で全国放送されていたラ・セーヌの星は九州では半年遅れで放送された。

「闘え!ドラゴン」は放送終了後も複数回再放送され、高い人気を誇っていた。

私には、倉田さんとは、敵役でありながら「帰ってきたドラゴン」でもブルース・リャンと並ぶ達人というイメージだった。

余談だが、ブルース・リャンと倉田さんはやはりライバルという気がする。「闘え!ドラゴン」でも二人は対決しているのもある。

また、倉田さんもリャンも共に達人という点ではブルース・リーにも勝るとも劣らないが、邦題のせいか、特にブルース・リャンの評価が低いのは、私的には納得しがたい。

ともかくバーディー大作戦との出会いが私をカンフーの世界に導いてもらえたのは事実なんで、この出会いは私には大きかったのだ。

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