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[追憶のscreen](4)映画の舞台に住んでいた頃

昔住んでいた家からほどなくした所には商店街があった。

勿論今でもあるのだが、再開発されて整備されるまでは雑然としていた。戦後すぐの闇市が残っていたと言ったら大げさかもしれないが、本当にそんな感じの妙な空気が残っていた。

映画「チルソクの夏」でも舞台になった通りの入り口近くにいきつけの駄菓子屋があった。ここに行くまでには最寄りバス停の前にあった駄菓子屋を経由して訪れるのがおきまりのコースだった。

商店街のど真ん中なのに捨てられたライダースナックが店横に山積みになっていてそれは異様な感じがした。当時社会問題化していた光景だった。

ここから坂道の商店街にはいると更に別な駄菓子屋があって、ここも利用していた。うろうろできる限界はこのあたりまでだったと思う。

駄菓子屋にはいつまで通っただろう。結局スーパーカーブームの折りにまだカードを集めていた記憶がある。できたばかりの市民プールに友達と行った帰りにまっすぐ駄菓子屋にカードを買いに行った記憶が今のところ最後だと思う。

今も残る町並みに駄菓子屋は皆無である。それは寂しいと言えば寂しい話。コンビニが代わりをつとめているのでは?という向きもあるが、長年勤務した経験から言うと近いだけで、決して同じではない。それだけは断言できる。

私は本屋にだけは臆することなく入っていけた。一人で買い物に行ったのは幼稚園の頃。最初は両親や祖母に送り迎えしてもらわないといけないくらいだったのに、いつしかそういう事もなくなっていた。多分小学校に上がる前くらいだったと思う。

近くを通る国鉄のガード下には老夫婦が古本屋を開いていた。多分今考えると不法営業だったのではないかと思う。道路挟んだ真向かいのガード下に彼らのバラックのような自宅があって、たまたま通りかかった時に挨拶した覚えもある。

下関駅前の郵便局横にも中華屋さんが長い事やっていたが、あれもそれっぽかった。今はなくなったけど、営業しないまま放置されていた駅近くのガード下の歓楽街の残骸が整備されたのは割と最近になってからである。

往年繁盛していたんだろう。しかし物心ついた時には既に寂れた印象しかなく、廃屋の記憶しかない。そこから往年の港町の繁栄に思いを寄せるのははっきりいって無理があった。

さてそんな名残とでも言うのか。当時は割とそうした店に対しても鷹揚だったのか、ガード下の古本屋はかなり長い間やっていた。

ここで買った「幼稚園」誌にのっていたウルトラセブンの読み物(小説ではない絵物語みたいなものがあった)の筋を未だに覚えている。

確かモロボシダン隊員とアンヌ隊員がエレベーターの中に閉じこめられ、通風口から脱出してピンチを切り抜けるという内容だった。絵物語りで易しい文章が添えられていたモノだったが、リアルな絵のせいか、それが異様に焼き付いたものだった。

しばらくはエレベーターに乗ったとき、天井の脱出口ばかり探してみるようになってしまった位である。

ちなみに口絵にタイガーマスクの虎の穴レスラー達が集合したピンナップもあったように思うのだが、多分それは別の雑誌だったんだろう。いずれにせよ同じ頃見たことには違いなくこれが覚えている限りでは一番ふるいプロレスとの出会いである。

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