私的プロレスイベントレポート・プロレス居酒屋がむしゃら10周年記念パーティー(2010年11月22日・門司赤煉瓦プレイス)
バリバリの正装
前日マスターから届いたメッセージで「仕事がえりに作業着でよってもらっても大丈夫ですよ」というのが あって「ああ、選手が来られても気軽に会話できるいつものノリでいいんだな」と勝手に会場もいつもの がむしゃらとも違うのに、「同じ」だと思って、汗だくのまま、しかも手や肩に薬塗りまくって(腱鞘炎ならびに腰痛持ちなんで^^)いったのが大きな間違いだった。
で、時間が来るまで門司駅周辺を散策してたら汗だくになってしまい、結局下のシャツは脱いで 上にジャケットという変ないでたちで、会場に 向かったら、なんと受付にバリバリ正装の 野本一輝選手がいるではないか!!
普段と違う!
「なんか普段と違いますね」と思わずいって しまったが^^失礼ながら似合っているのにびっくりするという目にあって「これはもしかすると」と思って会場に入ってみたらなんと2F貸切で、ものすごいフォーマルな正装した紳士淑女の皆様方がずらっと勢ぞろい!!
ほかのがむしゃらの皆さんも全員正装!マスクドPTさんもマスク姿で正装(当然面白いほうのバージョンではない)で目の前にいて 無視はできないんで軽く挨拶。
正装が礼儀だった?
「だまされた!」 (笑)とまたまた失礼ながら思ってしまったが よく考えれば、場所も門司駅近辺とはいえ3号線ではなく、199号線沿いにある立派なお店。
そしてお店の10周年記念なんで、正装が礼儀といえばまさにその通りなんだが、所在なく困り果てていたら若手の林選手は勿論、現王者のSMITH選手まで、ドリンクを配ってあるいていてなんか気使っていただいて申し訳なかった。 で、結婚式かと見間違うようなプロの司会進行付きで、パーティーは始まった。
フォーマルな席
確かに知名度の高いアジャとかもいたけどみんな普通の格好していたし、みんないわゆる接待で来ていたわけではないのだ。
しかしいくら馴染みの顔がいてもこういうフォーマルな席に結婚式以外でいったのはたぶん社会人になってはじめてだと思う。
鬱もちにはつらい
ましてや鬱持ちにはちょっとこの場の空気はつらいかも、と思っていた。
乾杯の音頭は23日も試合するゼロワン日高選手で、乾杯….する前に緊張のあまりウーロン茶飲み干して「空」のグラスで乾杯してしまった。
遠巻きに
お目当ての大谷選手やKO―Dチャンプの佐藤光留選手は真反対のほうにいた。
さすがにこっちからはいっては行きづらかったので 遠巻きに様子見ていたら、なんと大谷選手のお父様のお知り合いの方がこっち方面にいらしたらしく、大谷選手が3センチ前に突然出現!
相当焦った
これもそうとう焦った!
実は山口県出身選手とツーショットで 写真撮ったことがなくていつか機会があればと思ってはいたものの、いきなり目の前に天下の大谷晋二郎選手があらわれたらそりゃあわてますって!!
オールスターなメンツ
その後も、オールスターかと思わせるようなメンツらのビデオレターがありいのマスターとの縁深い方々との感動ありの、変態團より変態チックな菊タローと澤、光留三選手司会のビンゴ大会ありいの、まあ盛りだくさん!
で参加していた選手たちも本気で盛り上がっていたこと。
無意味に熱かった!
特に大谷選手はビンゴでも無意味に 熱かった^^
勿論がむしゃらメンバー総登壇で23日の抱負をかたっていたが、みんなフォーマルな正装なのにひとり黄色ジャージのアリマティ選手がおいしいところをかさらっていった^^
困難から立ち上がろうとする
気がつけばあっという間にお開きになってしまった。
最後の締めはやはり大谷選手。「本当に強い人というのは勝ち続けているひとではない。 どんな困難から何度でも立ち上がろうとする人のことです。 マスターは大病からも困難からも立ち上がる、我々レスラーとおんなじ魂を持った人だと思います」 と「プロレスの教科書」番外編のような挨拶ののちにマスターからのたってのリクエストで「3.2.1 ゼロワ―ン」のもじりで「3.2.1.がむしゃらー!」 をやって締めようということになって、最初は 「ちょっと語呂悪くないですか?」といっていた大谷選手が最後はびしっと「3.2.1がむしゃらー」を決めてお開き。
ツーショット写真
そして帰りがけ、大谷選手、佐藤選手とついにツーショット写真とってサインもいただいた。
佐藤選手にはリクエストでKO-D王者としてサインいただいて戴冠のお祝いをいって簡単にお話しさせていただいた。
悔しかったけど
DDT48総選挙やUST見ている事を告げると「あの時は悔しかったですけど今となっては2位でよかったかもしれません」と笑顔で語ってくださった。
変態だけどいい人だった。でなければ、DDTじゃない選手が投票で2位にはなれないよね。
15~6年前の話
そして待望の大谷選手には山口でAAAと新日本がやった大会の話をした。メインで大谷選手が亡きW.ペガサスと組んで、コナン.シコシス組と対戦。
ドラゴンスープレックスで大谷選手が勝ったのだが 「もう15~6年前ですよね….」とあの試合を覚えていらしたのがうれしかった。
地方ではリスキー
そして「その時に大谷さんのお父様にチケットとっていただいてお手紙までいただいてありがとうございました」と礼を述べると「こちらこそありがとうございます」と丁重に両手で握手してくださった。
ただ山口で最後にやったゼロワン(下関)の話をすると「(山口で)やりたいんですけど ちょっと厳しくて…」と申し訳なさそうに謝ってくださった。それは経営者なら赤字覚悟の地方大会はいくら地元でもリスキーすぎるものね。
逆境や困難から
この会に参加してわかったことがあった。
それは、みんな少なからず逆境や困難からたちあがってあるきはじめたひとたちばかりだってこと。
似たもの同士
そして、そんな人たちを自分が一番きつくてつらくても元気にしようというマスターの志がこういう人脈をつくったんだな、と。
みんな年齢も格好も違えど、「似たもの同士」の集まりだったんだなあということ。
本当に幸せ
だから困難に直面している時、がむしゃらがあった事で私も助けられたし、それがモチベーションになって、またあすからがんばろうという気にさせてくれる。
こんな素敵な空間が近くにあることは本当に幸せなんだなあと思った。