プロレス想い出回想録 猪木について考える事は喜びである➈迷走するIWGP
猪木の提唱した最強
迷走するアントニオ猪木という事で言うと、私はそもそもIWGPが真っ先に思い浮かぶ。
IWGPは「プロレス界における世界最強の男を決める」という考えの下にアントニオ猪木が提唱したのは間違いない。
協力を得られず
この世界をまたにかけての予選という壮大な計画まではよかった。
しかし、このプランは、それぞれの地区で王者を抱えていたプロモーターからの協力が得られなかった。
トーンダウン
このため構想は大きく変化していき「世界各地の王者を日本に招いて世界最強のチャンピオンを決定する」というものにトーンダウンしてしまった。
1983年6月2日に東京・蔵前国技館で行われた第一回決勝戦は、ハルク・ホーガンのアックスボンバーを喰らった猪木が失神KOという惨劇に見舞われた。
猪木対長州は
雪辱を期待された第二回リーグ戦で、私は初めての生観戦を果たす。この時のメインが猪木対長州だった。
この時は決勝戦に繋がるような不穏な動きもなかった。
結果は猪木の勝利
会場も謀反を起こした長州が、次に猪木をターゲットにしたことを好意的に捉え、猪木コールを上回る長州コールで、反逆の志士を後押しした。
だが、この試合は16分48秒逆さ抑え込みによって猪木が勝利している。
第二回決勝は
その第二回大会決勝。舞台に立ったのは昨年同様、アントニオ猪木とハルク・ホーガン。
1984年6月14日の決勝では、二度の延長の末に、長州力の乱入によって、猪木が辛くもリングアウト勝ちをおさめた。
あまりに唐突
しかし、余りにも唐突だったため、観衆は当然納得せず、観客席から次々と物が投げられた。
「出て来い!出て来い!長~州」コール、大「金返せ」コールが起こり、垂れ幕は破られ、更に放火騒ぎや蔵前国技館の二階席のイスを破壊する者もいた。
暴動寸前
このように、試合終了後に暴動寸前の状態にまで発展したのである。
こうした事からIWGPは、「呪われたIWGP」と呼ばれるようになっていく。
一気にグレードダウン
後年、IWGPの理念だけが記憶に残り、リーグ戦だったことや、このような忌まわしい出来事は、古いファンの中では都合良く書き換えられているような気がする。
しかも、IWGPリーグ戦はWWF(現・WWE)が新日本との提携を破棄したため、一気にグレードダウンし、実質日本人だけで争われるようになっていく。
前田から逃げた
その上、待望されていた前田日明と猪木の一騎打ちは、両者が別ブロックに入れられるなどして、結局実現しなかった。
このあたりで「猪木は前田から逃げた」というイメージがついていき、最強の理念も地に落ちたのである。
IWGPのベルト化
第五回大会の「IWGP王座決定リーグ戦」の開催前、大会提唱者であったアントニオ猪木は「世界マット界の情勢の変化」を理由に、IWGPのタイトル化を宣言し、ここでようやくIWGPがベルト化した。
確かにIWGPは、「プロレス界における世界最強の男を決める」というとことから、乱立する王座統一を目指したあたりまでは、高尚な意味合いがあった。
結局は
だが、IWGPの実態は統一もしていなければ、最強の男を決めるものでもなかったのである。
結果的には乱立するプロレスタイトルにまたひとつ新しい王座が加わっただけ。
IWGPの呪い
このIWGPの呪いというべき現象は、2001年にPRIDEのリング上でアントニオ猪木から藤田和之が、初代ベルト王者として指名を受けたあたりから、混沌を極める。
しかし藤田は自身の怪我により、2002年1月4日、統一したはずの2本(二代目と三代目)のベルトを猪木に返上する。
三代目ベルト
2005年には、逝去した橋本真也の功績を讃え、二代目ベルトが橋本家に寄贈し、アメリカで三代目ベルトがお披露目され、藤田に授与された。
しかし、10月8日東京ドームでブロック・レスナーが獲得。
IGF版IWGP
その後、剥奪することになったが返還されることなく、新王者となった棚橋弘至が2代目ベルトを代用する事態になってしまう。
3代目ベルトは、その後、IGF旗揚げ興行で新日本とは無関係に行われた防衛戦でレスナーを下したカート・アングルに渡ったが、2008年に第48代王者の中邑真輔がカートとのベルト統一戦に勝利して奪還に成功。
混乱の歴史と伝統
二代目ベルトは正式に橋本家に寄贈され、新たに作られた四代目ベルトが、世界ヘビー誕生まで使われた。
その「IWGP世界ヘビー」構想まで持ち込まれており、むしろその混乱の歴史と伝統は、きっちり引き継がれている。
都合よく記憶を・・・
そもそも今となっては、言い出しっぺということになっている飯伏幸太(世界ヘビー初代王者)が、表に出てこられない状態になっている上に、どうかすればなかったことにしたい思惑すら見え隠れする。
このあたりも、後年時間の経過と共に、私を含めたファンは都合良く記憶を書き換えていくのかもしれないが・・・