[映画鑑賞記] ひるね姫〜知らないワタシの物語〜
17年3月24日鑑賞。
岡山県倉敷市児島、瀬戸大橋のたもとののどかな町下津井で無愛想な父親と二人暮らしをしている平凡な女子高生の森川ココネ。得意技は昼寝で、いつも昼寝ばかりしている彼女だったが、最近、不思議なことに同じ夢ばかり見る。そして2020年、東京オリンピックの3日前に突然父親が警察に逮捕され東京に連行される。どうしようもない父親ではあるものの、悪事を働いたとは思えないココネは、父親逮捕の謎を自力で解決しようと、幼馴じみの大学生モリオを連れて東京に向かう。その途中、彼女はいつも自分が見ている夢にこそ、この謎を解決する鍵があることに気づき、得意技である「昼寝」を武器に、夢とリアルをまたいだ不思議な旅に出る。なお、岡山県倉敷市の舞台のため、台詞はほとんどが岡山弁となっている。(あらすじ・解説はwikipediaより)
見に行く前にネットで評価をみていたら「神山健治版・パシフィック・リム」だの「エンジニアが見たら泣くプロジェクトX」だのと言った単語が飛び交っていた。ネタバレしない程度にしか見ていないが、正直「?」になった。
予告で見る限り、私にはパシフィック・リムやプロジェクトXの要素はどこにも見出せなかったからだ。しかし「009 RE:CYBORG」はともかく、「東のエデン」や「攻殻機動隊S.A.C」を手がけた神山監督が単なるファンタジーアニメを作るとは思えなかった。
で、映画観終わって、いくつか疑問に思うことがいくつか。
①ヒロイン・ココネが寝る必然性が希薄。
②現実に起きた物語を追うだけでも魅力的な話になったのでは?という疑問。
③パシフィック・リム要素は必要だったのか?
①は、そもそも「ひるね姫」である必然性をハナから疑問視しているのだが、現実と夢の世界を往き来させる意味合いがいまいち画面からは伝わらない。私が邪推するに、押井塾出身の神山監督は師匠・押井守監督の「うる星やつら2ビューティフルドリーマー」へのオマージュを捧げたかったのかもしれない。
そのオマージュという観点から言うと、パシフィック・リムにプロジェクトXは言うに及ばず、未来少年コナンや、ルパン三世カリオストロの城といった、初期宮崎駿作品などなど、様々な影響が散見される。神山監督は私の2つ下で、ひるね姫の主題歌になっている「デイドリーム・ビリーバー」も含めて、感化されたと思われる作品群に同世代ならではの共通項が散見される。だからこそ、②であげたように、敢えてその数を絞ってほしかった。
③は、まさに②ともかぶる部分で、巨大ロボットと自動運転車をオーバーラップさせる演出が必ずしも成功しているように、私には見えなかった。そもそも現実と夢の世界がごっちゃになるところでいうと、押井監督はまさに先駆者だったわけで、「ビューティフルドリーマー」もあれだけ難解な内容なのに、非常によくできた作品になっている。でもひるね姫はビューティフルドリーマーほどの爽快感もないし、しばしば見ていて頭が混乱した。父・桃太郎の中では、娘に話して聞かせた物語の主人公は、実をいうと娘のココネではなく、ココネの母だったとしても、夢の中でエンシェンとココネが同じ画面の中にいるのは正直よく理解できなかった。
また夢の中でうまくいくと現実がリンクして都合よく話が進むというのもイマイチピンとこない部分だった。押井塾時代の神山監督は「押井守の影武者になれればいい」という発言をしていたそうだが、「ひるね姫」は悪い意味で押井守の影がちらついた作品になっていたと思う。
確かに影響を受けたものをいまさらなかったことにはできなだろうけど、それでもやりようによっては面白くなる要素がたくさんあっただけに残念な気持ちもなくはない。特に巨大ロボット戦は「アニメ版パシフィック・リム」があったら、まさにこれだよ!という絵作りをしていただけに、別な機会で見てみたかった気がする。
なおプロの声優陣をあまり使っていない点で言うと、個々人のスキルに少し落差がありすぎたように感じた。でも、これは「君の名は。」や「この世界の片隅に」がうまくいきすぎていただけで、決して「ひるね姫」のキャストのクオリティが低いといっているわけではない。ジブリの場合、絵で9割みせて、セリフは物語の補てんという形なんで、素人声優でも問題ないという意見もあるが、「ひるね姫」に関しては絵だけに作品情報のすべてをゆだねられる作品にはなっていなかったと私は思っている。
全体的にやはり夢と現実を行き来するなら、観客も「今どっちにいるんだろう?」と困惑させるくらいのことはしてほしかった。そこが甘いばかりに、ちょっと詰めが甘い印象を受けた。親子の物語に焦点を絞って描いたらもっといい映画になったかもしれない。いろいろもったいないことをしている映画だった。